今ではあんまり信じてもらえないことも多いんですけど、かつては僕自身、人との壁をとても強く感じていました。
今から思えば高校生の頃が一番強かったかもしれません。
遊ぶ友達もいたし、バイト仲間もいて、バンドもやっていて、忙しく過ごしていた一方で、一人で街をぶらぶらして喫茶店に入ってみたり、買い物に出かけてみたり、プライベートは一人で過ごすことが多かったです。
一人でいることが嫌いではなかったのですが、なんか心の中に虚しさとか寂しさをいつも感じていたように覚えています。
でも、強がってましたから、そんなことを友達に言うわけもなく、また、言えるわけもありませんでした。
どうしたら人とうまく話せるんだろう?
どうしたら友達ができるんだろう?
どうしたらもっと人と仲良くできるんだろう?
こんな命題は中学の頃からずっと持ち続けていました。
通学路で同級生とすれ違うとき、どう声をかけていいのか分からなかったり、ふと街で仲の良い友達と出会っても何を話していいのか分からなかったり。
だから、一人で自分なりに自分自身を鍛えて磨いて行こうと思いました。
それこそ修行僧になって山野を駆け巡ろうか?なんて真剣に思ったこともあったんです。
そんな思いで仏教とかキリスト教などに興味を持ったり、その延長上で心理学を知ることになったり、なんとか自立して一人前になることを焦っていたような気がします。
僕は家族に甘えて育ってきたので、あまり苦しむことを知らないと思ってたんですね。
うちの母は、自分が幼い頃に苦労をした分、子どもには絶対苦労をさせないと強く守ってくれていたんです。
そう感じていたので、自分としては社会に出たり、母の元を離れたら、全然たいした人間じゃないんじゃないか?なんて恐れをどこかに持っていたようにも思います。
だから、高校くらいから「自分一人で何でもできるようにならなければいけない。人に頼るのは弱い人間のすることで、それは恥ずかしいことだ」という強い自立心を持つようになりました。
それで、競争しても勝てるだけの何かを持たなければ、と思っていました。
ところが、僕の通っていた高校は県内でも有数の進学校だったんですね。
ボーっと授業を聴いてあんまり勉強しないのに東大へ入っちゃうような奴がいるところだったので、勉強ではそもそも敵うわけないって早々に悟ったんです。
一方で、バンドでギターを弾いていたのですが、その方面でもめちゃくちゃうまい奴がごろごろしていて、とても競争しても敵うもんじゃありません。
そして、女の子にモテモテの奴も多くて、そこでも勝ち目ないんですよね。
思春期にはよくありがちなんですけど、一番じゃなきゃ意味がない、何か秀でるものがなければ意味がないってすっかり完ぺき主義に陥ってしまってたんです。
だから、僕自身、その当時は認めたくは無かったけれど、自分には何の価値もない、ダメな人間だって思ってました。
挫折感のような、劣等感のようなものを強く持っていたんですよね。
そして、今から思えば自然なことなんですけど、そんな奴とは誰もまともに付き合ってくれねーよ、なんて捻くれてみたりもしました。
きっと周りの奴も付き合いにくかったでしょうから、結果的に僕はとても孤立しちゃっていましたね。
でも、僕の周りにはとても素直な奴がいて、自分の嫌な気持ちを色々話してる奴もいました。
「そんなことしてたらダメなんじゃねーの?」って内心バカにしつつも、本当は羨ましかったんです。
自分のネガティブな気持ちを素直に言えるなんて、自分に自信が無きゃできないですもの。
それで勉強もせず、何もかもが中途半端なまま、1年名古屋で浪人することになったんです。
この浪人時代っていうのは、僕の人生の一つ目の転機になったような気がします。
初めて親元を離れての寮暮らしですから、大きな自由を手に入れたように思ってました。
(たとえ、門限が夜8時でも!)
毎日顔を合わせる友人もできて、前にエッセイで紹介した親友とも一番濃い時間を過ごしました。
予備校に通っていたんですが、退屈な授業があれば抜け出して親友と話し込んだり、色んな本を読み漁ったりしていました。
でも、そこでもやっぱり人との壁はクリアできた感覚ってありませんでした。
むしろ、修行僧のようにひたすらストイックに哲学的に何かを追い求めていたように思います。
大学に入って一人暮らしを始めると、比較的すぐに彼女ができてその寂しさや虚しさはある程度埋められたかもしれません。
いわゆる“癒着”って状態にどっぷりはまっていて、実家に帰るとき、サークルの合宿など、少しでも離れるとお互いに凄く辛い思いをしたりしました。
まだ、恋に恋してるところもあって、自分の寂しさを埋めるための恋愛だったのかもしれません。
付き合いが長くなるに連れ、少しずつ付き合い方も変わっていきましたけど。
でも、その一方で、学校での友達は極端に少なかったですね。
彼女といるのが一番居心地良かったので、大学の知り合いや友人達と過ごす時間はとても限定させていました。
まるで、彼女のところにしか居場所がないような感じだったのかもしれません。
(その感覚があるからか、これ以降、ほとんど切れずに、しかも、重なることがあるくらい常に彼女を作ってきました)
だから、大学ではより一層孤立感を持っていたんです。
浪人時代には近しい友人達もできて比較的楽しく過ごす時間も多かったのですが、大学に入れば皆ばらばらになり、慣れない大阪の土地で強く人との壁を感じたものです。
大阪人って人と接する時、ほんと軽く話ができるんですよね。
長年住んでいてそうとも限らないことは分かってきたんですけど、当時はそんな奴らばっかりのところに入ってきたような気がして、羨ましい一方で、とてもとても輪の中には入れませんでした。
それに言葉の問題もありましたしね。。。
周りがみんな大阪弁ですから、それを話さないとあかん、みたいな感じに強く思ってしまったんです。
慣れてくればご指導賜ることもできるようになったんですけど、独力で何とかしなきゃいけないって強く思うようになって、一段と高いプライドを積み上げてしまったのかもしれません。
それで大学で夢中になれるものもなく、やっぱり中途半端な意識のまま、進路を決める時期に来ました。
あまり熱心に勉強はしてなかったんですけど、成績は比較的上位だったので、推薦枠を使って進学することにしたんですね。
その大学院の2年間というのは僕にとっては2度目の転機になりました。
その頃は彼女とも今から思えばマンネリしていて、彼女よりも自分の好きなことを優先させる余裕(?)もできていたので、色んな本を読み漁るようになったり、一人で色々と思索を重ねることにもなりました。
そして、その頃から人の心や感情について読んだり、考えたりするようになったんです。
その頃アルバイトを通じて知り合った親友がいました。
最近は僕にベルギービールを教えてくれたりして、色々な道を開いてくれる奴なんですけど、彼の考え方や思いにかなり感銘を受けました。
そして、彼の勧めてくれた本を読んで、これまたショックを受けたんですね。
それまでは堅い心理学系の本ばかりを読んでいたんですけど、その本は実践向けの本だったんです。
ベストセラーになった「7つの習慣」って本なんですけどね。
そして、人との壁を崩すには“感情表現”てのが大事なんだ・・・と気付いたわけです。
今ではそれも当たり前に思うんですけど、当時の僕にとって“感情”というのは、弱い人間が口にするもので、理性によって完璧にコントロールせしめるもの、と思っていたので、強い抵抗を感じたんです。
「え?理性的になればいいんじゃないの?感情ってのが大事なの?」なんて風に。
ところが、そうは言っても実際に抑圧しすぎて感情が何かなんてさっぱり分からない僕は途方にくれるようになりました。
とりあえず、よくは分からないけれどプライドだけはありましたから、今の自分でOKなんだ、と思い込むようになったと思います。
それで「口ではえらそうなことは言えるけれど、中身は全然伴ってない口だけ男」の面をより強めるようになりました。
(今でもそうじゃん、とか言わない言わない(笑))
もともとその当時付き合ってた彼女が感情の塊のような人で「ひろゆきは、いつも口だけ偉そうなことを言ってるのに、全然行動が伴ってないじゃない」と一番痛いポイントをあっさり付いてくるツワモノだったんです。
実際、彼女には知らず知らずのうちに女心を教えてくれていたんですけどね。
それは後々分かるようになったことで、当時としては怒ると嫌な気持ちにさせる女くらいにしか思ってませんでした。
そして、そんな僕に彼女が愛想をつかす時がやってきたんです。
すっかり彼女の愛情に胡坐をかいていた僕は、青天の霹靂とはこのこと、と思い切り落ち込んだんですね。
それで心理学を本格的に学ぶきっかけになったんですけど、もう一つ大きな発見がありました。
5年以上付き合っていて別れたので、周りの友達がえらく心配してくれたんですね。
ご飯を食べに誘ってくれたり、いきなり「話聴こうか?」って喫茶店に連れて行ってくれたり、家まで車で送ってくれたり。
「え?どうして皆そんな優しいん?」って驚くほどでした。
そんな思いを感じて泣きそうになったけど、人前では泣けずに一人家に戻って泣いたこともあったんですよね。
(あー、思い出すと今でもちょっと恥ずかしいです(笑))
この優しさを感じてしまったのが3つめの転機でした。
振られることって恥ずかしいことで、とても人には顔向けできん、とか思っていた僕が、そのプライドを崩されるきっかけになってました。
「なーんだ、肩肘張らずともええんや・・・」って思った時は、失恋の痛みの中に安らかな思いをもたらしてくれたのは今でも覚えています。
それ以降、色んなしんどいことや挫折などを味わうこともありました。
変な話ですけど、そんな壁にぶちあたるたびに恥をかき、プライドを崩され、そして、人との壁も薄く低くなっていったような気がします。
だから、大きな問題が起こるたびに人を近くに感じられるようになりました。
「ケツの穴をも見せ合った仲だから」なんて言葉もありますけど、自分にとって恥ずかしいことやしたくないこと(これが“タブー”なんですよね)をした分だけ、人との壁が破れるのかもしれません。
「俺なんて大したことねーよ」って卑屈じゃなく強がらずに思えると、人に壁を作らなくても済むんですよね。
そしたら、自分を本当に開いていくことができるんだろうと思います。
やっぱり自分から扉を開けないと誰も心の中に入ってきてはくれないわけですから。
そして、その一方で自分からそういうタブーにチャレンジしていくことが大事だってことを学んだんです。
因みに僕はカラオケがずっと嫌いでした。
歌を歌うならば完璧に上手に歌わなければ・・・と強く思っていたので、人前で歌うなんて恥ずかしくてしょうがなかったんです。
でも、ある時から思い切ってチャレンジするようにしました。
最初はすごく抵抗があったんですけど、何度も何度も行くうちに徐々に楽になり、今では抵抗も感じなくなりました。
この経験は元々カラオケ好きな人から見れば大したことのないものかもしれませんが、僕にとっては大きな事件で、とても自信に繋がるものでした。
カラオケをしない理由なんて山ほどありました。
でも、突き詰めてみれば自分に自信がなく、恥ずかしいだけだったんですよね。
だから、それを崩せば、自信が付き、人との壁もまた薄くなることが分かったんです。
そんな僕が今、カウンセリングなどの時に「僕ってね、すごく人見知りで、人が苦手だったんですよ」って言うと「嘘でしょ?信じられないですよー。根本さんって嘘つきだったんですねえ」なんて言われるようになるから不思議です。
まあ、人というのは変われるってことなんでしょうね。
根本裕幸