僕は、いろんな仕事に就きました。
宿泊施設のスタッフや、コンビニ夜勤、
精肉業に建築、芸能関係、その他、車に乗ってレンタルマットやモップを定
期的にとりかえに行く仕事もしていました。
そこは、本部から看板と商品をかりて、お客様の所をまわる、フランチャイ
ズ店形式の会社でした。
家庭用部門と業務用部門があって、交換周期はそれぞれ家庭用が4週間、業
務用が2週間。僕は業務用部門(会社・お店・病院など、人の出入りが多い
事業所がお客様)へ配属され大阪市内北東部を中心に、1日60〜70件の
配送ルートを夕方までに回り続
けるハードワークで、途中からは、新規開拓の営業に回ったこともあります。
朝、出社すると朝礼から始まります。
本部と同じように、社訓や年度別モッ
トーの唱和から始まります。
社訓は、本部を創業された方から長年受け継がれたものですが、その中にこ
んな一文がありました。
「損と得の道あらば、損の道を行くべし。」と。
この社訓自身は、それはそれで立派だと思うのです。
僕も昔は、自分が劣等感やコンプレックスのかたまりでした。
自分の存在を
ポジティブにとらえることができない、無価値感にとらわれ続けた人でした。
そこから抜け出すためには、自分をしんどい状況において、自らを鍛えな
きゃいけない苦労は、自ら買ってでも経験しよう、それが自分を大きくして、
成長するためには欠かせない。
もし、誰もが手をつけたがらない仕事があるなら、自分からすすんで手を上げ
よう泥まみれ、ほこりまみれ、汗まみれになっても、そこで自分に充実感が感
じられるなら、それが自らにとっての勲章であり、プライドでほこりだと、自
分に言い聞かせながらすごしてきました。
仕事そのものは、なんとかこなしたし、お客様から「いつもご苦労様。」なん
て、ねぎらっていただいたり、プレゼントをもらうこともありました。
にもかかわらず、「自分は自信がない、ちっぽけな存在だ。」とか、「業務中
のお客様へのところへ行くのは、貴重な時間を割くみたいで、相手の方にとっ
て迷惑に感じないだろうか?」なんて
おどおどしながら、罪悪感を感じながら接してたんですね。
僕にとって、自分が成長するために、自らをハードワークの場におくことは、
自分の無価値感を感じないようにするためのものでした。
抱え込んだ、自らをネガティブに感じる感情そのものは、一向に解消されなか
ったんですね。
子供の頃から持ってた、親との葛藤、中学校に入ってからいじめにあったこと
若く見られた容姿で、いい思いをしたことがなかったことなど、もろもろあり
自分は孤独で寂しい、いつも一人ぼっちで、何の魅力もないダメな人間だ、を
感じないようにするための補償行為として
自分は楽しく、明るく、ワイワイにぎやかに、充実した毎日を送るにはふさわ
しくない人間だと思い込んだのであえて苦業の「損の道」を選んだんですね。
一生懸命がんばってきて、自分を成長させるためにやってきたはずの事が、何
も報われないとするなら、そこからは、これまでのやり方を手放すときなのか
もしれません。
そのためには、もし自らをネガティブに感じるのであれば、その逆に、自分に
は抗しがたい魅力があると感じられるようになる必要があります。
自らをポジティブに感じられるようになれば、あえて苦業の「損の道」を行く
必要もなくなるんじゃないでしょうか?
「得の道」とは、苦業の逆、つまり楽しい道と言ってもいいかもしれません。
「得の道」と書くと、おいしいところだけをちゃっかりいただくような、あつ
かましいイメージをお持ちの方もいるかもしれません。
僕は違うと思います。
自らの存在を肯定的にとらえることから、自分が持つ長
所を認識し、活かしていくことだと考えます。
自分をネガティブにとらえ、自己嫌悪を乗り越えるための手段として苦業の「
損の道」を選び、何もかもうまくいかなくなったあなたへ
もう、抗しがたい魅力を得るための、楽しい「得の道」を選んでもいいんじゃ
ないですか?