「ミザリー」等のホラー小説の作家で、「スタンド・バイ・ミー」「グリーンマイル」といった小説の作者であり、たくさんの映画の原作にもなっている世界的作家、スティーブン・キング。
彼のことを、「小説を書き続けなければ死んでしまうに違いない」と評したのを読んだのは、随分昔の話で、多分、よしもとばななのエッセイだった気がする。
それほど彼は、たくさんの量の小説を、信じられないようなスピードで書いている作家だという。
それを象徴するようなエピソードがキングにはある。
かつて、アメリカの出版業界では、1作家は1年に1作という風習があったが、そのペースでは自らの創作意欲を満たす事ができず、別のペンネームを使ってまで作品を書き、出版したという。
この話は、「スティーブン・キング」という名前にとらわれない作品を書きたかったとか、別の名前でどれだけ評価されるかを試したかったとか、いろいろな話が語られているようだが、僕にとっては、小説を書き続けることを止める事ができないほどの情熱、という説明が一番しっくりくるものだった。
僕のその思いは、ひとえに、「そこまで人生を打ち込める何かがあることがうらやましい」ということに起因する。
キングのその話を知った当時は、僕には全身全霊を込めて打ち込めるものは何もなかった。いや、ないと思っていた。
進学した大学も、就いた仕事も、毎日の生活も、何もかもが中途半端な気がしていた。
そして、心の底では、自分が全力で生きているすべてをかけてやり遂げられる何かを探し求めていた。
そんな時に前述のキングの話を知り、書かなければ生きていきていけないほどの、文字通りの天職を持っている人のことを、すごいと思う反面、うらやましくてしかたないと思ったのだ。
この初夏、突然、この話を思い出した。
その時、とても大きな発見があった。
それは、今の自分には「やり続けなければ生きていけない」と思えるものに出会っているのだ、ということだった。
そう、カウンセラーという仕事がそれだった。
中途半端だと感じていた僕にも、転機が訪れた。
それが心理学との出会いであり、カウンセリングとの出会いだった。
はじめは、行き詰まりを感じていた職場からの転職先として考えたことだった。
カウンセラーになるための勉強をするということは、一番身近な心、つまり自分の内面を深く見ていく作業がつきまとう。
「カウンセリングサービス」の母体である「神戸メンタルサービス」のカウンセラー養成コースに入った僕は、
勉強を始めたとたん、自らの心の中に気づくことになってしまった。
まさか、自分の中に、こんなに傷ついて助けを求めている部分があったなんて。
そう気づいたら、カウンセラーになることよりも、それを癒す事に全力をかけることになっていった。
一心に自分をなんとか楽にしてやりたいという思いがそうさせたのだ。
だから、カウンセラーになろうとした、というよりも、自分を癒す道をひたすらに歩んだ過程で、カウンセラーになった、という表現のほうが正しいのかもしれない。
けれど、その思いが、今までの僕の人生の中になかった、ある方向性を生み出すことになった。
それは、一言で表現するなら「自分をどれだけ好きになるか」ということだった。
人は、普段は意識していないけれど、実は、自分自身に対して信じられないほどの攻撃を加えて生きていることが多い。
それを例えて「自分にしていることを他人にしたら、すぐさま警察に捕まって裁かれるだろう」と言われるほどだ。
それほど、自分をぞんざいに扱っているし、様々な場面で自分を責めている。
「癒し」という言葉が最近では頻繁に使われるようになったけれど、それは、簡単に言えば、こうした自己攻撃を辞めることを指している。
考えてみれば、自分のことを好きだと大声で言える人はとても少ない。
言える人がいたとしても、それは自分を良く見せたいという思いや、
強がりで言えているだけで、真に自分のことを好きだといえる人は、とても少ないと思う。
けれど、時々、本当に自分のことが好きだから、大切にすることができるという人がいる。そうした人は、自分のことをぞんざいに扱わないから、心から好きなことに真摯に取り組むことができるし、そのまっすぐな思いが社会に通じて、成功している人になっているケースが多い。
今、社会で成功している人の自叙伝や考え方を聴いてみると、そうした「自分のことを大切にしている」話がたくさん語られている。
これは僕自身にも言えることだ。
以前のブログ「家族が集まる日」でも書いたが、僕は自分に愛される価値がないと思いながら生きてきたが、心理学やカウンセリングとの出会いから、それが誤解であると気づき、自分を愛すること、大切にすることこそ、本当に大切なことだ、と気づいたことで、大きく人生が変わった。
中途半端だと思っていた自分の人生も、実は、今まで生きてきた、学歴、職場、プライベートのすべてが、僕自身を作り上げてくれた大切な要因(ファクター)だったのだ。
その延長線上にあったのが、「カウンセラー」という職業だったのだ。
今、こうして昔のことを振り返ってみると、辞めてしまったら生きていけないと思える「やるべきこと」に出会えたことが本当に不思議でならない。
それは、僕の場合は、たまたま「カウンセラー」だっただけだと思う。
誰にでも、必ず「やるべきこと」がある。
でも、それは容易に見つからないと誰もが思っている。
けれど、もし、それを見つける方法があるとしたら。
それは、「自分を好きになる、大切にする」こと追求することが答えだと僕は自らの経験から思う。
スティーブン・キングは、とても苦労人で、作家として成功するまでには、様々な困難を乗り越えてきたという。
彼が自分を好きなのか、大切にしているのかについて、僕は知らないけれど
もし、彼にこの質問をしたら、きっとこう答えるだろう。
だからこそ、あれだけの作品を世に送り続けているのではないかと思うのだ。
「もちろん、大好きさ!」
誰にも見つけられることなのだ。
僕にも、あなたにも、世界中の誰にだって。
そのために、まずは、自分から初めてみよう。
自分を好きになることを。
そのお手伝いをさせていただくことが
僕が見つけた、人生をかけてやるべきこと
そう、改めて感じ、決意した初夏だった。
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