唐突なのですが明日が私の誕生日なのです(^^)
だから今回のコラムは「誕生日にまつわる話」を書かせて頂きたいと思います。
私が生まれた日はどんな日だったのだろう?
その時、父と母は何を感じていたのだろう?
そんなことを、ふと、思ったのは5月のカウンセラーズフェスタの講演が決まった時のことでした。
「真実の愛」というテーマで講演内容を考えるにあたり、私が生まれた日、父と母が何を思い、どう感じていたのかを知りたいと強く思ったのです。
そしてふたりに時間を取ってもらい、聞いてみたのです。
そんな風に話をしたのはもちろん初めてのことでした。
まずは 母から...
母は私を身篭った時、つわりが酷く何度も何度も血を吐いたのだそうです。
「本当は親になるのが怖かったんだよね」当時を振り返りながら、そう呟いていました。
当たり前なのですが私にとって母は生まれたときから私の母でいつも親としてしか見ていなかったんですね。でもその時、「そうだよな。母さんも怖かったんだよな」って
シャイな母はスラスラとは話さず、当時のことを懐かしみながら、かみ締めるように話をしてくれました。
その母が本当に嬉しそうな表情に変わったのは「私が産まれた時」のことを語り始めたときでした。
「幸司が生まれたとき 本当に可愛かったんだよ」
「親バカだけど世界で一番、可愛いと思った」って
今はそれは誤解だったと気付いたらしいのですが(笑)
それでも本当に嬉しそうに話をしてくれました。
その日は私が生まれた街のお祭りの日だったのだそうです。
「病院まで “ワッショイワッショイ” という掛け声や祭囃子(まつりばやし)が聞こえてきたのを憶えている」って。
「その時、この街の人もお祝いしてくれているように感じた」って。
そして 「私も母親になれたんだなって実感した」って。優しい顔でそう話してくれました。
誕生日というのは「母が命を懸けて私を産んでくれた日」なのですよね。
その命を大切にしていこうと思いました。
一方、父は私が産まれた日、東京に出張に行っていたそうです。
小さい頃に両親を亡くした父は親になるということに、とても強い思いを持っていたようです。
「親戚中がお前が生まれたことを祝ってくれたんだぞ」 「お前が生まれてきて、みんなすごく喜んでいたんだぞ」って
少し興奮しながら伝えてくれました。
小さい頃の私はとても神経質な赤ちゃんで手でゆりかごをしている時はスヤスヤ寝ているのだけれど寝たと思って、そっと布団に置くと 「ギャー」っと泣き出す。
一晩中、抱いていたことが何度もあったということを教えてもらいました。
手のかかる子だったみたいです(^^ゞ
そして、たくさんの思い出話を聞かせてもらった後、最後に父がこう言ったのです。
お前が生まれて来た時、こんなことを思ったんだ...と
「わしは親がいなくて親がいない子ども、親がいない子どもと言われ続けてきた」
「だからこの子は、親がいない子どもにはさせたくなかった」...と
「そのためにも、これからもっと頑張ろう!」「家族のために頑張ろう!」
そう思ったんだって
その時、父は込み上げてくる思いを一生懸命抑えているようでした。
言葉では説明できない、いろんな思いが湧き上がってきたのだと思います。
父はとても厳しい人でしたが、いつも一生懸命、私を育ててくれました。
親の愛情を受けたことがないのに、私に愛情をくれました。
父も母も子育てをしたことがなかったけど、私を立派(?)に育ててくれました。
真実の愛とは...
『自分が与えてもらえなかったものを与えること』 なのかもしれませんね。
そんな私が今、こうやって 「人に安らぎを与えられる仕事」 に就けています。
今度は私が父と母からもらった愛情を還元する番なのかもしれませんね(^^)
明日で私も40歳。でもこの人生を大切に、親からもらった命を大切に一歩一歩かみ締めて生きていこうと思っています。
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