「妻はどんな時も 歌ったり踊ったり いつも笑顔でした。
楽しそうな妻の姿を見て きっと奇跡が起こり病気は治るのではないかと思うほどでした。
しかしそんな家族の願いも叶わず 妻は逝ってしまいました。
でも あの妻のことだから きっと、天国でも楽しく歌って踊っている事でしょう・・・」
2年前― 葬儀の際の ご主人の言葉です
彼女は、 何にでも一生懸命で、いつもにこにこしていました。
病気であることが分かったのは それからしばらくしてからー
何度も手術 入退院を繰り返し また 転移が分かった事。 やりたい事いっぱいあるし 本も書きたいからと 目を輝かせながら 話してくれました。
その後は 離れたところに住んでいたのでメールでのやり取り
いつも前向きで いつも 勇気を持っていて 希望を失わず
私の相談まで 聞いてくれたことも。
翌年 まだ寒い2月のころ
「助けて! 怖い!」メールで届いた 始めての彼女の弱音。
「大丈夫! きっと乗り越えられるよ!」
私の願いもむなしく 9月に彼女は旅立ちました
私も死が怖かったのかも知れません
何も出来ない無力な自分を感じることが怖かったのかもしれません
気に掛けながら 父の介護を理由に 会いに行けなかったこと
私は後悔していました。
彼女の亡くなった日の 夜遅く 寝たきりで立てないはずの父が 立ち上がり 頭をぶつけて救急車で病院に運ばれたのです。
急性硬膜下血腫で意識混濁のままの緊急手術でした
高齢であることとペースメーカーをはずしたままの危険な状態
でも 開頭手術後も一日中全身麻酔での 集中治療が決まったことで、葬儀に行かせてもらえたのです。
まるで眠っているかのような彼女に最後のお別れをいい 煙となり天に昇るまでその地に残り
「ありがとう 私や みんなを見ていてね・・・」
人生は 大海原に浮かぶ 船かも知れません
荒れ狂う波 穏やかな水面 嵐 晴れ渡る空
苦労したり 迷ったり 喜んだり 悲しんだり しながら 乗り越えていくのでしょうね
だとしたら
どうせ 海を 渡るのなら 自分で舵を取り 自分で目標を見据え 自分の行きたいところへ 行くのが 後悔の無い人生のような気がします。
どうやって乗り越えていくか どんな人生を送るかー
最後まで 明るく できることを 精一杯 やった彼女が それを教えてくれました
人の死は 悲しく 辛いものです
でも 私や友達の心の中では 明るい彼女が 生き続けています
そして
いつももう一人の友と 天から見守って くれていると信じています
-今年9月 友の3回忌に寄せてー
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