こんにちは。カウンセラーの北です。
1月に普段勤めている職場の仲間で戎さんへお詣りに行きました。
そこは堀川戎といって、今から約1500年ほど昔、奈良時代以前の建立とされている
古い神社です。
(とは言っても、最初の建物は昭和20年の戦災で全て消失し現在の建物は再建されたものですが)
毎年ここは西宮や今宮と並んで三大戎として、1月9〜11日に商売繁盛の神様「えべっさん」をお詣りする沢山の参拝客で賑わいます。
私もその中の一人であったわけです。
参拝客は、皆今年の商売繁盛を願ってお賽銭を投げ入れて思い思いにお願い事をするのですが、激しい人混みで境内の前はとても混雑していました。
なので、わずか10数メートルの距離を10分以上かかる大渋滞の中、漸く境内に手前に辿り着こうとしておりましたが、後ろから横から境内の真正面に行こうとする人の流れで我先にと押し合いへし合い状態になり、境内を目の前にして再び身動きがとれなくなってしまいました。
「まあ、そんなに焦らんでも境内は無くなりはしませんよー」なんて思っていたところに、
私のすぐ前に並んでいるおじさんが賽銭を投げ入れながら「えべっさん、よろしくたのんまっせ!!」と叫ぶようにして願をかけていました。
と、その時、ふと感じたことですが、ここに来ている人達の中には、もしかすると神様から見放されるかも知れないという恐れをもっている人もいるのかもしれません。
というのも、お詣りが終わった後、職場のメンバーに「もしも、仮にお詣りに行かなかったらどんな風になると思います?」ときいてみたところ、ほとんどの人から異口同音に「お詣りしてしっかりと御願いしておかないと、何か悪いことが起きた時、神様から守ってもらえないかも知れない」という答えが返ってきました。
そして、その答えをきいた時、わたくし以下のように思ったのですね。
「ああ、そういえばよく考えると俺もそうだったなあ、なんかあったらよろしくお願いしますねって心の中でよくつぶやいているわなあ・・・」
勿論神様や仏様への信仰心はそれなりに大切なものだと思います。
戦争中収容所に収容されている等、極限状態にある時には、信仰心の有無が生死を分けた、という話もあるくらいなのですから。
それに捉え方も十人十色でしょうし、良い悪いだとか、正しい間違いという話でもないと思います。
でも、職場の人達の話をもっと突っ込んで聞いていると、彼らは「いざという時に神様や仏様から見放されないようにするため、よくよくお願いしておく。」と言っているんですね。
ということは、「お願いしておかなければ、自分は見放されてしまうような存在なんじゃないか?」つまり、「神様や仏様の気を引かなければ、愛してもらえないのではないか?」という恐れ、或は「愛してもらう為に気を引かねば」とか、もっと言うと「愛して、愛して」というニーズがあるんじゃないかと思った訳です。
もっとも、それらは彼らの無意識のレベルで思っている事で、当の本人はそんな事をはっきり意識しているはずもないでしょうが…。
更に、その先には「自分は愛されるには値しない」という無価値感があるように思えたのです。
彼らの無意識/潜在意識に、
「神様や仏様は私を罰するもの」
「お願いしなければ、何か悪いことが起こったとしても、神様や仏様は守ってくれない」
というのがあるのではないかと…。
多少大げさかも知れませんが、それくらい自分は神様から遠く離れた存在で、愛されていないという気持ちが隠されているということかもしれません。
しかし、その度合いだけ神様や仏様を心のどこかでは強く求めていて、無意識に繋がりたいと感じている人達なんだなあということになるわけです。
でも、本当に神様や仏様って、私達にただ罰を与える存在なんでしょうか?
或は、私たちが気を引かなければ、困っている私たちを無視するような存在なんでしょうか?
私自身はクリスチャンでもなければ、敬虔な仏教徒でもムスリムでもありません。
私たちが誰かを愛する時、その人が何かできるから好きになるでしょうか?
何かの才能があるから好きになるでしょうか?
誰かを好きになる時って別にその対象となる人が何らかの才能をもっているからじゃないと思うんです。
「ただ、その人が好きだから好き。」
単純でそこには理由なんて存在しないと思うんです。
人間でさえこうなんだから、ましてや神様や仏様はもっと慈愛に満ちた存在であり、別に私たちが何かできるからとか、よく拝んでくれたから愛してくれるわけじゃない、理由なんて関係なしに愛してくれる、本当はそんな存在なんだろうと思うのです。
それを怖い存在にしているのは、もしかすると私たち自身かもしれません。
身近な誰かを愛している自分達自身の姿を映し出すとき、神様や仏様の真実の姿が見えるのかもしれません。
そして、それはあなた自身かもしれません。
あなたのほうから神様を身近な存在として愛してみませんか?
神様があなたの友達になった時、案外あなたの望みは、思っているよりもあっけなく叶うのかもしれませんよ。
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