悲しくて悲しくて、そしてその先に見えるもの

その日は、小学生の息子のピアノのお稽古がありました。
私は少し体調が悪くて体がだるかったのですが、これくらいで習い事を休ませるのは残念なので、がんばってピアノの先生のお宅まで息子を送って行きました。
家から少し遠いので、まだ一人で行かせるわけにもいかないのです。
ピアノの先生は、いつもどおりの笑顔で迎えてくれました。
その笑顔は今まで何でも見てきたものです。
なのにその日はいつも以上に、先生のあったかい優しさが、私の胸にパーンと入ってきた感じがしたのです。
そして、体の不調が少しラクになったような気がしました。
その晩、息子が寝てしまった後、急に涙がこぼれてきました。
もし、もしも、あのピアノの先生のようなお母さんに育てられていたら、私はどんなふうに育っていたんだろう。毎日あんな温かい笑顔で見つめてもらって、あんな優しい穏やかな声で話しかけてもらっていたら、子どもの私の毎日はどんなに安心できるものだっただろう…。大人になった時の私はどんなだっただろう…。
その先生は子どもの心理などにも詳しくて、もともとそちらの関係で出会った方で、ご自分のお子さんたちの子育ても、自分自身が楽しみながらされていたご様子です。
「自分の子どものことではいっぱい失敗もしたのよ」とおっしゃいますが、それでも、お子さんたちにとっては安心できるお母さんだったはずですし、落ち着いた日々があったはずです。
そんな育ち方と、自分の育ち方をついつい比較すると、何だかとても悲しくなってきたのです。
もっとも、私の母の育ち方と比べれば、私だって母よりずっと落ち着いた環境で育ててもらったのです。
だけど、本当に安心できて、落ち着いていて、というのは、もっと違う、と私は思ってきました。
だって、私はいつも本心を話すことができなかった、いつも、母に求められた「元気で問題のない子ども像」に自分を合わせようと四苦八苦していた。「お母さん、今日は一度でも笑ってくれるだろうか」、と切ない願いを思わない日はなかった。
そんな私は、本当に満たされて育ってきた人とは、きっと違う。私は「本当の愛」なんて、感覚的に知らないんじゃないだろうか。そんな私が、親子関係で辛い思いをしてきた人たちの相談を受けて、役に立てるのだろうか?辛い経験を乗り越えて、「愛される自分」を思い出すお手伝いなんてできるんだろうか?
何だか絶望的な気持ちになり、後から後から涙が流れてくるのでした。
幸いその日は夫の帰りが早く、私はパソコン作業をする夫にくっついて泣いたのでした。
夫は、「何かあった?」ときいてはくれましたが、説明する元気もなく、ただただ夫の腕にかじりついて泣き続けました。
夫がいてくれてよかった、と思いました。
夫はずっと作業を続けていましたが、それでもそばにいてくれて、くっついていられて、そのことにとても救われたように感じました。
30分もそうしていたでしょうか。やがて、自然に涙が止まりました。
そして、眠たくなり、何も考えずに眠りにつきました。
その後、不思議なことに、あの絶望的な気持ちはもう湧いてきませんでした。
そして、後日、ふとしたはずみに、「ああ、自分は愛されているんだな~」と実感することができたりして、「愛の感覚」みたいなものも自分の中に感じることができるようになりました。
(そうすると、息子との関係がぐっと良くなるから不思議なんですよね(笑)。子どもは素直なもので、親が変化すると即座に反応してくれます。

もちろん、ずっと満たされて育ってきた人が持っている「愛の感覚」と同じなのかどうかはわかりません。でもまあ、我が子に対する私の今の接し方は、自分で言うのもなんですが、あったかくて、安心感のあるものだと思うので、10年近くかけて、きっと私は「愛の感覚」をそこそこ取り戻してきたのでしょう。
自分にカウンセラーなんかできるのか?と思ったことを改めて考えてみると、「『愛されていない』と思ってしまった経験があるからこそ、クライアントさんの気持ちがわかるんだよね」「『愛されているんだ』と実感するまでの道のりにある心のワナだって、自分が経験しているからサポートの仕方が思い浮かぶしね」などと、けっこう気楽に思うことができて、しかも、むしろ自信をつけている自分がいることに気付いて、不思議な気分です。
悲しくて悲しくて涙を流したあの晩。でもその先に見えてきたものは、自分が乞うように求めてきた「愛の感覚」だったようです。
あの悲しい夜は、次に進むためのプロセスだったのでしょうね。

この記事を書いたカウンセラー

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2件のコメント

  1. 三島さん、ありがとう。
    三島さんとお話しした日のことを思うと
    「ありがとう」と心から言いたいです。
    まだ私にはただ涙を流しながら寄り添う人が居ませんが、きっと「会いたい」と思います。

  2. くぼさん、コメントありがとうございます。
    お話させていただくことで、私自身がいろいろなことに気付き、成長させていただいています。
    こちらこそ本当にありがとうございます。