母のシャツを着る父の想い出

今年、父の7周忌を迎えます。
父との一番古い思い出は私が3、4歳の頃だと思うのですが、父の膝の上に乗り、よくお絵かきをしてもらったことです。
父がひらがなの “ね” という字を書いて 「これがネズミの “ね” ていう字や。見ときや、ネズミになるで」 と言って “ね” という字をみるみるネズミにしていきます。
それがとても楽しく、そして “ね” という字がほんとにネズミの絵になっていくことに感動した覚えがあります。
きっとその頃は父のことが大好きだったと思うのですが、思春期のころには 
『きらい、うざい、でも親父はチョロイ』 などと思うようになり、高校生くらいになると反抗期も少し治まって来たのか、『きらい、うざい』 よりも 『上手く乗せればお小遣いをくれる人』 になり、私自身が結婚する頃には 『あぁ、なんだかんだ言ってもお父さんってすごいのかも』 と少し思えるようになりました。
小学生の頃に父と話したり遊んでもらった記憶は無く、中学生の頃には極力寄り付かず寄せつけず、高校生くらいから少しずつまた距離が縮まって来ていたように思います。
父は基本、とても明るくおおらかで人を楽しませることが好きで、くだらない冗談やダジャレをよく言っていました。
例えば、食卓にタコの酢の物があると、「このタコ、イカ酢じゃねぇか」 とか 食事を終えると 「ごちそうさん、あ~馬勝った(美味かった)、牛負けた」 など・・・。
1回目は大目に見ます。
2回目には 「おもんない」 とハッキリ言うのですが、めげずにプッシュしてくる父に3回目以降は誰も反応せず、綺麗にスル―します。
私の友達が遊びに来るとわざわざ部屋にやって来て
「いらっしゃい、おっ!あんたべっぴんさんやな~、あんたみたいなべっぴんさん初めて見たわ~」 
と、いつ、何回、どの友達がやって来ても言うので、みんなに 
「おっちゃんそれこないだも言ってたで。おっちゃんに会うの初めてちゃうし^^;」 「お?そうやったか?ほんだら、あんたのあまりの美しさにおっちゃんの記憶が飛んだんやな~」 
「うん、それももう飽きたわ、新しいネタ考えて^o^」 
と、父と友達がこのやり取りをするのがお約束でした。
放っておくと延々部屋に留まろうとするので私に 「もういいから早く出て行って」 と言われ 「お前は冷たい娘やな~」 とボヤキながら出て行きます。
普段は明るく気さくな父ですが、そんな父の涙を初めて見たのは私が21歳、母が突然逝ったしまった時でした。
母は自宅で倒れて救急車で病院に搬送され、すぐに意識がなくなりました。
医師からの説明は、脳卒中だということと、破れた血管は脳幹という手の施しようがない場所で母の命は持って三日だろうということでした。
それから母の意識は戻ることなく、一週間後に亡くなりました。
母が倒れてからしばらくは怒涛の時を過ごしたような気がします。
両親は商売をしていたのですが、身内が倒れたり不幸があったからと休める商売ではなかったので、仕事と病院と親戚などの対応でてんてこ舞いでした。
いつも強気で元気だった母のあまりの突然の死を忙しさも手伝ってか、父も兄も妹も私もなかなか受け入れることが出来なかったように思います。
母がいなくなったことがどこか嘘っぽく現実味がなく、なんだかキツネにでもつままれているような妙な感覚がしばらく続きました。
母が亡くなり葬儀も済ませ、しばらくしたある日の朝、階下に下りてゆき台所に入るとその隣の和室で父が向こうをむいてシャツを着ようとしていました。
そのシャツは父のサイズよりは少し小さいようで、袖が通りにくく着るのに苦戦しています。
よく見ると、そのシャツは母がよく仕事の時に着ていた渋いオレンジと緑色のチェックのシャツでした。
母の死でおかしくなったのかと 
「お父さん!なにしてるんっ?」 
ビックリしてそう聞くと、それでもまだシャツに手を通そうとしながら 
「このシャツお母さんがよく着てたなぁと思ってな~」 
と、母のそのシャツを一生懸命着ようとしているのでした。
そして、父がこちらを向いた時、静かに涙を流していることに気づいたのです。
それを見た瞬間、私もイッキに涙が溢れてきて 
「も~ なにしてるんよ~ アホちゃう~~」 
と泣き笑いになりながら、父と私の2杯分のコーヒーを淹れる準備をし始めました。
父への想いは成長するにつれ変化してきましたが、人生の半分を過ぎた今の私の父に対する想いは、感謝と尊敬とそして今でも大きな愛で見守ってくれているであろうという安心感というか、信頼にも似た気持ちです。
あ、でも、もしかしたら父の方が安心しているかも知れません。
なぜなら、妹と一緒になってお小遣いをせびる度に父は
「アー、お前らのおらん世界に行きたい」 
と、言っていたからです^^;
もしも天国というものがあったなら、この世界に居た時よりも父と母は仲良くおだやかに過ごしているだろうと思います。
そして、あの、母のシャツを着ようとしていた父に母は
「しょーもないことしなっ(-_-)」
と、言ったに違いありません。
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この記事を書いたカウンセラー

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恋愛や夫婦、浮気、離婚などのパートナーシップから対人関係、子育て、また、死や自己受容のテーマなど幅広いジャンルを得意とする。 女性的で包容力があり、安心して頼れる姉貴的な存在。クライアントからは「話しをすると元気になる」「いつも安心させてくれる」などの絶大なる支持を得ている。