三島桃子です。
いつもコラムを読んでいただいてありがとうございます!
嫉妬はするのもされるのも嫌なものですよね。嫉妬は様々な感情の中でも、特に嫌な感覚を呼び起こすものだと言われています。
この嫉妬、私にとっては母との間で課題がありました。
母の幼少時代は戦後の混乱期でした。
また、母の育った家庭にもいろいろな事情がありました。
そんな中で母としては満たされない思いをたくさんしたわけです。
戦後すぐの時代、多くの子どもがそうであったでしょう。
母は我が子には自分と同じ思いをさせるまいと、できることは精一杯してくれました。
しかも、私が育った頃は日本は高度成長期の真っただ中、我が家は比較的つつましい暮らしでしたが、それでも物質的に母の子ども時代よりはるかに恵まれていました。
我が娘が育つ環境を見て、母が羨ましく思ったとしても不思議ではありません。まあ当然のことでしょう。私だって母の立場なら同じだったと思います。
母は時々「あなたは恵まれている」と言っていました。
そして私はその言葉の奥にある母の「羨ましい」という気持ちや「切なさ」「悲しみ」などに敏感に反応してしまったのだろうなと、今振り返って思います。
もちろん子どもだった私は、自分のそんな感情的反応に気付くことはありませんでした。
ただ、私はいつ頃からか「周りの人に嫉妬される」ということにやたらと怖れを感じるようになっていました。
そこには、「恵まれていて申し訳ない」という罪悪感がありました。
私自身が誰から見ても羨ましがられるような存在だったというわけではなく、ただ、母から「羨ましい」という感情を感じ、そういう感情を他の人からも向けられるのではと怖くなったのです。
たとえ羨ましがられていなくても、「羨ましがられたら怖いから目立たないようにしよう」みたいになっていたのです。
また、障害のある人や病気の人など、一般的な観念で言えば「恵まれない人」を見ると、その人のために何かしなければ許されないような強い衝動を苦痛なほど感じてしまっていました。
自分でもちょっと不思議なくらいでした。
その他の場面でも、例えば友人よりちょっとでも恵まれているような感じがすると、どうにも居心地が悪くてしかたがありませんでした。
心理の勉強を始めてしばらくしてから、母に嫉妬されていると感じていることがベースになっているんだな、ということは次第にわかってきて、やがて少しずつ「恵まれていてごめんなさい」という罪悪感は小さくなっていきました。
でも、やはり時々この罪悪感が頭をもたげ、苦しくなることはずっとありました。
ところが先日のことです。
きっかけがあって、あるイメージが私の心の中に鮮明に現れました。
西太后ってご存知ですか?中国の清の時代の咸豊帝のお妃だった人です。
咸豊帝をめぐるライバル麗妃に激しく嫉妬し、麗妃の手足を切り落とし厠(かわや、便所のこと)に落としたという俗説があります。
これは実話ではないそうで、麗妃は咸豊帝の唯一の娘を産み、静かな余生を送ったそうなんですが。
私はこの俗説を20代の頃知ったのですが、手足を切り落とされ厠に投げ込まれた麗妃の姿が強烈なイメージとして頭にこびりつき、その後も時々そのイメージが心の中に湧き上がってはイヤ~な気分になることがありました。
最近はあまり思い出すことがなくなっていたのですが、そのイメージが先日ふっと心の中に現れたのです。
そして、どうやら私は、「自分もそうされるほど母や他の人たちに嫉妬されている」という感覚を持っていて、手足を切り落とされ汚物にまみれている麗妃と自分を重ねてしまっていたようだ、と気付きました。
(無意識の部分での話で、意識的にはもちろんそんなこと全然考えてもみませんでした。
)
嫉妬されてそんな目に合い、屈辱と絶望の中でのたうつことしかできない我が身。そんな自己イメージを作り、自分に向けられた(と感じていた)嫉妬に対して怒りを持ち、おぞましい姿の自分を嫌悪する。そのような感情があったみたいです。
そこまで見えてくるとわかったことは、そもそも母から強い嫉妬を向けられている、というのは、どうも私自身が作り上げた幻想ではないかということです。
母が私を羨ましいと思ったとしても、それはただそれだけのことで、羨ましいと思う気持ちがありながらも精一杯のことをしてくれた母の思いは、むしろ美しいものでしょう。
とはいえ、このような幻想を作ってしまったとしても、私が異常に妄想的、というわけではないと思います。
人間というのはそういうものなんです。
人は誰でも罪悪感の感覚を生まれながらに持っていると言われていますし、自分の人生に起こる出来事を材料にして自分の罪悪感を膨らませてしまうような想像力を持っているんでしょうね。そして自分の幻想に縛られ、苦しめられてしまう。いろいろな事情の重なりの中で、そんなことは案外よく起こっているのです。
自分では気付かない場合でも、けっこうグロテスクなイメージを人は持っていたりします。
もし何かのきっかけで思いもかけない怖~い映像が自分の中から出てきても、心配しないでください。人はそんなものですし、その怖い映像はただの幻想です。
あなたの本当の心がそんなにおどろおどろしいわけではないんです。
ただし、自分や周りの人の本当の心、心のセンターの美しい部分が、こういった幻想によって見えなくなっていることはよくあります。
私もそうでした。
あんなに怖れた「嫉妬」が幻想だったらしいとわかった今、母への愛や、母からの愛が、自然に見えるようになった感じがします。
私の経験した怖~い嫉妬の幻想の話、みなさまの参考になれば幸いです。
2件のコメント
三島さんは私よりもっと若いって思ってたんですが。
あ、こんにちはクボです。
うちは
父が昭和10年生まれ母が昭和14年生まれ。
戦中生まれ。
小さいころから耳にたこができて燻製になるほど
(祖母もそれに加わっていたから)戦争の話を聞かされました。
戦争体験を効くこと自体は悪いことではないと思うんですが、空襲や原爆の話、写真、物資がなくて特に食べ物が無かった話。
感謝をしなさいってことで聞かされているのですが、私の性格もあるんでしょうが
戦争がまた起きるのではないか?
食べ物がなくなって苦しいひもじい思いをするのではないか?
等々
熱が出ると嫌な夢を見ました。
小学生低学年のころから寝る前には戦争が起こりませんように、と願いながらでないと眠れなくなりました。
生きることに根底から不安がある。
かわいそう、わたし。
ぜいたくは敵だ!みたいなことがずっと生きているような家でした。
だからって別に食べ物が無いとかじゃないんですよ、その精神が脈々と流れている。
私も三島さんと同じように障害をもった人がいてその人が頑張って生きている、努力している。
そういう人を見たとき猛烈に申し訳ない気持ちになりました=とくにうつ病がひどいときは。
「私が死ねばいいのに」とか
こっちが死んでもどうにもならないんですが、申しわけなさ過ぎて。
でも今はだいぶ違います。
三島さんはじめカウンセリングサービスの皆様のおかげです。
自分の女性性や自分なりの特性や影響力を持つ自分とか、それらをだいぶ受け入れられるようになったからだと思います。
長くなっちゃった。
温度差が激しい日が続きます。
お体に気をつけて。
コメントをいただきありがとうございます!
くぼさんと私は同年代ぐらいかもしれませんね。
そうなんですね、くぼさんもそのような「申し訳なさ」を感じていたんですね。でも今はだいぶ気持ちがラクになっているようで何よりです。
くぼさん自身がこつこつとご自分の気持ちと向かい合われた結果だと思いますし、また微力ながらカウンセリングサービスがお役に立てたようならとても嬉しいです。
これからも参考にしていただけるような記事を書いていけたらと思います。
梅雨の間はうっとおしい天気が続きますね。くぼさんも体調など崩されませんように。