幼い頃の記憶。
小さな会社の小さな社員旅行から帰って来た父。
知らない土地のお話と、まちに待っていたお土産に目をキラキラさせながら父を囲む妹、母、私。
こたつの上に早速現像してきた写真を拡げて、始めて行った土地の様子と新しく知ったことを私達に伝えようと、普段にはない饒舌さで話して聞かせてくれる父。
こんなところに行って、大きな建物があって、人がたくさんいてね、変な色の美味しい食べ物を食べてね・・・
大きな紙袋からがさごそとお土産を出して渡してくれる。
私と妹には、きれいな写真の絵葉書、お菓子、あと何だったんだろう・・・忘れてしまったけどすごく嬉しかったのだけは覚えてる。
「お母さんには買い忘れた~」おどけて見せる父に「可哀そう~」と言いながらも、自分たちへのお土産が嬉しくて二人ともしきりにはしゃぎ終わった頃。
「あ、こんなところに!」
と父がポケットから小さな箱を取り出した。
「はい、お母さん♪」
手のひらに乗った赤い箱を開けると、
白いクッションの上に、金の繊細なリング。
真ん中にグリーンの不思議な色をしたきれいな石がのっている。
幼心にもそれがとても「いいもの」であるのは見てわかった。
「わ・・・」
妹とふたり、息を飲んで見つめる。
お父さん、かっこいい。
今で言う「サプライズ」だわ。
いいなー。
それを見て母が言ったこと。
「なんで、こんなもの?○○円なんて高いよ。
お父さん、センスないんだから。高いもの買う時は私が選ぶから言ってよね。
お金ないんだからこんなもの買わなくていいのに。」
ふっと顔色が変わった父。
「そうか、じゃあいいよ。せっかく買ってやったのに。。」
明るい色だった記憶はそこから、シュンと暗くなって終わる。
お母さん、私達がいたから、恥ずかしくて素直に喜べなかったのかな。
それなら後でお礼を言ったりしたのかな。
本当は嬉しかったんだよね。
お父さん、お母さんのこと喜ばそうとしてわざわざポケットに入れてたんだよね。
そのあとはどうなったのか聞いてない。
間もなくわたしは思春期に入って、父をけむたがり、大人になってからは母の愚痴につきあい、父のダメさを散々聞かされ同情し、母をかばって父を敵視していた。
父が可哀そうなんて思っていたのすら忘れていた。
なぜか20年以上経ってもそれだけは鮮明に覚えていて、「さすがにあれはないなー」と思うようになり、帰省した時に母にこの話を伝えてみた。
母は「そんなことあったかしら?あなたはよく覚えてるわね。こわいわ~」くらいで流されてしまったけれど、母はどこまで記憶していたかは言わなかった。何気なくいった言葉だったらきっと覚えてないんだと思う。
私の中で引っかかっていたから言いたかっただけで、だいぶ大人にはなったけどそれでも父に「お母さん、ひどいよね」とか直接言うほどの勇気も可愛げも持ち合わせていいなかったから。
それからまた数カ月後の帰省。
センスがいい母にはめずらしく、しわが増えた指に見たことのない、ちょっと趣味の悪いグリーンの石がのった指輪があった。
あれ、死んだおばあちゃんの形見かな。
それともセール好きのお母さんのことだから、半額とかで見つけてきたのかな。
のんきにそんなことを思いながら、とくに何も聞かず、そんなに気にも留めずにその日は終わった。
・・・あれ?
なんとなく、「そうかもしれない」と思ったのはだいぶ経ってからのこと。
お父さんは、気付いてくれたかしら。
お母さんは、ちゃんと「ありがとう」って伝えてくれたのかしら。
ちょっと気になるけど。
いつか聞いてみようかな。
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