不思議なくらい鮮明に覚えている、ちょうど2年前の新月のこと。
まだ宮古島に住んでいた時に書いた日記が出てきました。
(1ケ月の予定が2年半もの間、宮古島に住んでいたのです。
)
あの日の、なぜか愛おしく平穏な夜の思い出。
よかったらおつきあいくださいね。
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憧れの優雅なリゾートホテルは、スタッフ側になると結構ハード。
その日も仕事が終わった頃は、だいぶ夜も更けていました。
一緒に頑張った、年の離れた後輩ちゃんと並んで歩いていた帰り道。
「黒」と呼ぶにふさわしい、真っ暗な夜空に浮かぶ無数の星があんまりにもキレイで。
「すごいね~」
「東京じゃ見えないですね~」
1年前まで同じ東京に住みながら、当たり前のように接点なんて全くなかったのに
遠い、遠い南の島で偶然同じ職場になった私たち。
2人で首をそっくり返しながら駐車場まで歩いていった。
吸い込まれるような、とはまさしくこのこと。
いくら疲れているとは言っても、そのまま寮に帰るにはあまりにも勿体ない夜。
「・・・行くかっ?!」
「はいっ!」
この一言で、2人だけの星空観賞会が決定。
寮から歩いて5分のビーチに行こう。
お腹も空いていたけど、そこからはコンビニもスーパーも遠くて。
本当はスタッフは使っちゃいけないホテル内の自販機で
こっそりビールだけ調達して、なんだかワクワクし始める。
「わたし、おかきの試食袋持ってます~♪」
ナイスタイミング!
仕事以外もデキる子だね、なんて茶化しながら、
波の音が響く砂浜に吸い込まれるように並んで歩いていく。
閉じられたパラソルや、たくさんのベンチから
昼間の賑やかさの余韻が残った、白い砂だけが浮き上がるビーチ。
そういえば制服のままだったことを思い出したけど、部屋に帰る時間も勿体ない。
誰もいない海の家の屋上に上がって、
2人で地面と頭が並行になるくらいに、思いきり見上げる。
月の光もない、混じりっけない闇に輝く満天の星たち。
星がありすぎて、5等星も6等星もピッカピカに光っていて
どれが星座なのかわからない。
「すっごいねーーー」
東京では見られない光景。
同じ空でつながっているなんて、信じられない。
ぼーっと見ていると、ひゅっと光の筋が落ちる。
私 :「見た?」
後輩 :「見た?!」
2人で顔を合わせて 「見たーーー!!!」
大喜びで笑い合う。
こんな夜はたくさんの流れ星が歓迎してくれる。
天の川は夜空に舞う白銀の絹のように
無数の小さな星の大群が、北から南の空に白く流れている。
心がすっきりする。
澄んでいく。
海はどこまでも蒼黒く、静かに浮かび上がる。
向こうに見える来間島も今日はただただ黒く、シルエットになって浮かび上がる。
全ては「影」だけの夜。今晩の「光」は星だけ。
こっそり買ってきた300円のオリオンビールがとんでもなく美味しく、
どんな高級レストランより価値のある美味しさを教えてくれる。
遠くにぽつん、ぽつんと、高速道路のような
海を渡る大橋の街灯だけが、ぼやっと規則正しく灯る。
思考が止まっている。
いま、この景色と時間だけをめいっぱい感じる。
こんなこと、今まであっただろうか。
常に何かを思考し、計画し、心配し、期待をし、
「いま」というものに感覚を合わせたことがあっただろううか。
階段の下から、波の音に混じって楽しそうな声と
「ジューっ」「ヒュルヒュル」っと花火の音が聞こえ始めた。
つられて降りて行くと、小さな子供3人と両親らしき5人のシルエットが
砂浜をはしゃいで走り回っている。
私達は側に積み上げられてあった海の家のビーチチェアを引っ張り出して、
椅子の足を砂にぐりぐりとうずめて並んで座った。
座りにくいその椅子に半分ずれ落ちながら、自分の脚は砂浜に放り出して
楽しそうな花火大会の見物人になる。
「お父さん、火をつけてー!」
暗闇に「シューっ」と火花が浮かび上がる。
「わーいっ!」
くるくると楽しそうに花火を回す子ども。
「○○くん、ダメよー。あぶないでしょうっ」
小さな箱からヒューーーっと大きな花火が上がる。
「きゃーーーっ!」
ねずみ花火がシュルシュルと砂浜をまわる。
子供たちの楽しそうな声。はしゃぐ家族の影が浮かび上がる。
「いいねー。」
「きっと最高の思い出になるんだろうね。」
「あんな家族いいなぁ。」
軽くお酒の回った私達は思い思いに、
好き勝手なことを言い合ってなんだか幸せな気分になる。
「よっしゃ。」
すっかり楽しくなった私は、ストッキングのまま
砂浜を歩きだして海に向い始める。
「うっそ、行っちゃうの?」
止めながらも後輩が笑ってついてくる。
暗い中でも透明な海は全然怖くない。
シミのように黒く濡れた砂の波打ち際。
静かな波が近寄ってきて、足にそっと触れる。
昼間の温度が残った海水はまだ温かくて優しい。
「あったかいよー」
「ほんとだ」
追いついた、後輩と2人でなんとなく海水に脚を浸して、
澄んだ柔らかい水の感触を感じてなんだか幸せな気分になる。
ふと、お決まりのように大きな波が来て、
私の足元で小さく「ざぶん」と跳ねる。
スカートの裾が濡れる。そうだ、制服だった。
「ぎゃーっ!」
「あー、きっとそれクリーニング出しても潮くさいですよ。」
「みんなまとめてクリーニングされるんだから、君のも潮くさくなるっ!」
「え゛~(笑)」
しょーもないことを言い合いながら笑いあって
最後は砂だらけになりながらビーチチェアに戻っていく。
暗い夜と軽く酔いのまわった感覚はとても甘美で、
目よりも耳や皮膚の感覚のほうが敏感になる。
いつの間にか花火の家族はいなくなって、砂浜がしんと静まり返る。
時々打ち寄せる静かな波の音。
そのまましばらく、おかきを片手にビールを飲み干し
半分独り言のような、人生論混じりのコイバナをしながら
飽きることなくそっくり返って星空を見続ける。
「星、ありすぎ(笑)」
贅沢なクレームまで出るほど。
ずっとずっとは続かない。
だから余計、愛おしい。
一瞬一瞬の出来事にいつかは終わりが来る
「いま」というものを思いきり吸い込むように感じきる。
みんな、それぞれの「思い」を持ってこの島に来る。
何もない島だからこそ「ある」ことに気付きやすい。
「ない」と言って去って行く人もいる。
本当はどこにいても「ある」のだけれど
都会ではそれが見つけにくい。
ここでは余計なモノが何もないおかげで、
それがすごくわかりやすいから。
だから「癒し」の島と呼ばれているのかもしれない。
「いま」ということ。
嬉しいことも、幸せも、愛も、水の心地よさも
悲しさも、寂しさも、妬みも、砂のじゃりじゃりも
過去や未来にこだわる前に、まず「いまここ」にいるということ。
「いま」にしかいない、それが全て。
身を持って学ばせてもらった場所と時間、友達。
ぜったいに、忘れない。
何個目かの流れ星と、蚊に刺された数が同じになった頃
お互いになんとなく満足して、同じ寮に向かって歩き始めた。
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何かがあった夜でもないのに、今でも大切な思い出です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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