どうしても、ひとりで、しかも、涼しい場所で片付けたいことがあり、ショッピングセンターのフードコートへ来ました。
そんなに静かではありませんが、私はあまり気になりません。
家にいるよりはかどるわ~♪と思いながら、持ち込んだパソコンに向かっていました。
ふと顔を上げると、壁にずらりとポスターが貼ってあります。
全部、演歌歌手さんのポスターで、直筆のサインが入っています。
ここで、ステージでもあった方たちでしょうか。
そういえば、うちの両親はカラオケが好きで、よく「カラオケ喫茶」に行っているようです。
私は、バブリーな時代を知っているので(年がバレますが)、カラオケは、酔っ払ってするものという、固い思い込みがあるのですが、聞けば、カラオケ喫茶というところは、お酒もあるけれど、ほとんどの方は、コーヒーを飲みながら、自分の順番が来るのを待っていて、順番が回ってくると歌う、というところなのだそうです。
だから、昼間に賑わっているのだと言っていました。
父なんかは、カラオケ仲間と「カラオケ大会」にも結構参加していて、壁に、気持ち良さそうに歌う父の写真が貼ってあったりします。
自分のしていることを、誰かに見てもらう。
自分を表現することは、私たちは、結構好きなのかもしれません。
習い事の「発表会」や、「展示会」があるのも、「表現」ですし、
今は、誰でもSNSなどで、自分の体験や思いを書き記したり、作品を紹介したりしていますね。
しかも、世界中の人にシェアすることができたり、私たちも、世界中の出来事を見ることができますよね。
それも、今の時代らしい「表現」といってもいいでしょう。
「誰かに見てもらいたい!」
はっきりとそういった気持ちでなくても、誰しも、自分の好きなものを、誰かと共有したいという想いが、心の中にあるようです。
また、こんなふうにも言えるかもしれません。
自分の内部を、外に見える形に表現して、誰かに承認してもらいたい。
ということは、私という人間を承認して欲しいということにも繋がっているのかもしれません。
でも、それは、奪うようなエネルギーとは違い、本来、内から外へ向かう、開放的なもののように思います。
表現することでの、開放的な喜びを感じるとともに、誰かと共有し、共感してもらうことで、さらに満たされた気持ちになるということが起こっているのでしょう。
表現方法は、たくさんあります。
表現する場所もいろいろです。
大きなステージだけが、舞台じゃない。
キッチンが舞台になることだってありますよね。
もう、何かしら表現の場がある方も、それが人生に彩りを添えている、とても大切なものであることを思い出していただくとよいかもしれません。
私は、合唱団で歌っているので、それも表現の場所ですし、カウンセラーという私も、こんなふうにして、自分を表現をしているともいえます。
私が、私を表現する場所は、どこだろう。
どんなふうに表現したいだろう。
そんなふうに、思ってみるのも面白いかもしれません。
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