カウンセリング/セラピーでもとても重要なテーマである「許し」。
しかし、この言葉が大きいせいで、難しい概念として一人歩きしてしまっているのも事実のようです。
許しというのは心を解放し、見方を変えていく癒しのプロセスの一つで、幸せに向かう一つのツール。だから、ツール(道具)として見てあげないと、本末転倒になって、許しが目的になってしまいます。
幸せになるために許しを使う、そんな意識で向き合えると、より楽にプロセスを乗り越えられるようです。
また、許しは自分ひとりのためだけでなく、あなたの周りの人にも恩恵を多く与えてくれるものです。それゆえに、自分のためだけでなく、誰かのためにこのプロセスを歩むことができれば、より早く、楽に許しが進むのです。
今回は、許しのための実習を最後にいくつか紹介すると共に、皆さんにとって、許しの大切さを知り、実践していただければと思い、4回シリーズに纏めて見ました。とっつきにくい表現もあるかもしれませんが、繰り返し読み下して頂ければ、きっとお役に立てると思います
●許しとは何だろう?
特に「許し」と書いていますが、「ゆるし」とは「許し」「赦し」「緩し」などといった表記があります。
私達のカウンセリング/セラピーにおいて、心を癒し、感情を解放する上で、とっても大きな軸となるのが、この「許し」。
誰かに傷つけられたときなど、私達は「もうあの人のことが許せない!!」と怒り心頭となり、あるいは、誰かを傷つけてしまったときに「自分のことが許せない!」と自己嫌悪するものです。
その「許し」。
言葉は知っていたとしても、なかなか難しい概念です。
殊に、まっすぐな人、いい人、まじめな人、心の優しい人ほど、「許さなければならない」と思い、許せない自分に嫌悪したり、「どうして許さなければならないんだろう?」と疑問を感じたり、強い葛藤を招いてしまうことも少なくありません。
私は「許し」は心を癒し、幸せになるための一つの“道具”に過ぎないと思うのです。
たとえ話をさせてください。
東京から大阪に向かうとき、あなたならばどんな交通手段を使うでしょう?
新幹線が一般的かも知れません。飛行機も飛んでます。
最近は乗り心地もだいぶよくなった安い長距離バスという選択肢もあれば、車好きな友人などは自家用車を飛ばして行き来しています。
私は出張で東京に向かうとき、大阪に戻るとき、好んで飛行機を選んでいます。
新幹線でもいいのですが、航空機そのものが好きだったり、時間が短いのが性にあっていたり、途中で乗降客があるわけでもないし、大きいスーツケースも預かってもらえるし、などのメリットを活用しています。
一方で、空港までアクセスや料金、融通性、新幹線に比べての本数の少なさ、排気ガスなど飛行機を使うデメリットも少なからずあります。
「許し」も、誤解を恐れずに言えば、幸せに向かう“手段”の一つに過ぎないと思って差し支えないと考えているのです。
間違っても「許し」が目的となってはいけないと思うのです(航空ファンがいるように、許しファンを自認するならば話は別ですが)。
でも、多くの場合、「許す/許さない」というところにばかり焦点が当たり、「幸せ」という目的に向かうことを忘れてしまっているのでは?と思うんです。
つまり、大阪に行く用事もないのに羽田空港から飛行機に乗り込むようなものです。
飛行機そのものが好きならばいいのですが、特に目的がなければ大阪空港に着いた途端、何しに来たんだろう?と途方にくれてしまいます。
お好み焼きを食べるにせよ、かに道楽の前で写真を撮るにせよ、USJに行くにせよ、京都や神戸に足を伸ばすにせよ、何らかの目的があって初めて、大阪行きにも意味が生まれます。
幸せに向かう手段だからこそ、「許し」を活用していただきたいと思うのです。
では、許しとは何か?といえば、『その人、あるいは自分自身へのあらゆるわだかまりから“自分自身を”解放すること』だと考えています。
次回に見ていきますが、誰かを許していない状態というのは実はとても苦しいことなのです。
その苦しみから自分を解放すること、それが「許し」といってもいいでしょう。
抽象的、かつ、感覚的な表現を使うのであれば、その人へ向けたネガティブな感情(怒りや嫌悪感など)をごっくんと飲み込めるくらい解す(ほぐす)こととも言えます。
許していない状態というのは、その人のことが(主にネガティブなエネルギーによって)受け入れることができなくなっています。それを、心の中にしっかり受け止められるくらいまで解していくことを「許し」といえるのではないでしょうか。
そういう意味では私は「許し」というのを解放や解すという意味での「解」として捉えている節があります。
では、どうしたら解せるか?というと、「その人に対して感じている感情を解放する」ということであり、その結果、「その人に対するイメージを変えていくこと」であろうかと思っています。
すなわち、それは感情を「癒すこと」に他ならないとも考えているのです。
ネガティブな感情を持ち続けるのではなく、積極的に解放していくことで許しのプロセスは果敢に進んでいくのです。
>>>『許しの心理学~許しは自分だけのためじゃありません。』へ続く