今日は期待の心理につきものの「要求」について。
人は自分が強い期待を感じているところでは、周囲にも強い期待をすることがあるんですよね。それはまるで「私と同じようにするべきよ」「私のことを理解するべき・合わせるべき」といった感覚で「要求」するのです。
その結果、どんなことが起きるかといいますと、パートナーシップなど近い人間関係の中ではケンカなどトラブルが起きますし、期待する側も、要求しても満たされないからこそ、強い不満感を感じますから、日々、葛藤やストレスを抱えることになるんですね。
■今日は期待の心理につきものの「要求」についてご紹介したいと思います。
さて、いろいろな物事に期待を感じている人は、「自分自身にもたくさんの期待をしている」事が多いものです。
例えば、仕事、家事、育児、趣味など、いろいろな側面で
「コレぐらいできて当たり前でしょう、余裕見せてないとね」
「何でこんなこともできないんだ・・・こんな自分ではダメだ、もっと努力しないと」
なんて声を自分自身にかけている方もいらっしゃるわけです。自分自身に厳しくする度合いだけ、ある意味実力や経験が積めて自信がつくという側面もありますから、なかなかにストイックに自分と向き合っていらっしゃる方も少なくないかと思います。
するとどうでしょう?
どこか「私以外の人や物事」にも同じような期待をかけることがあるんですね。
■例えば、ひさこさん(架空の人物)の話。
ひさこさんは、人一倍身だしなみに気をつけている方。ちゃんとそれなりに投資もしているし、ファッションやメイクなどしっかり余暇を使って学んでいらっしゃるとします。
そして、ひさこさんにはパートナーがいらっしゃる。
そのパートナーさん、普段はきっちり身だしなみを整えていますが、実はあまりファッションには興味がなく、普段はかなりラフな装いを好みリラックスしたい方だったとします。
さて、二人の日常ではどんなことが起きるでしょう?
例えば、この二人がたまの休日に出かけるとしても・・・
ひさこさん「もうちょっと・・・!そのカッコで外に出かけるつもり?」
パートナーさん「え?別にいいじゃん、普段着でしょ?出かけるぐらいコレで十分じゃない?」
ひさこさん「もうやめてよ、恥ずかしいし、みっともないじゃない・・・」
パートナーさん「みっともないってなんだよ、人に向かって。そんな言い方はないだろう?」
ひさこさん「だったらもっと身だしなみを意識してよ、もう今のままじゃ横で歩くのも嫌だ、あなたとはもう他人のふりしていたいわ」
パートナーさん「なんだよ、出かけようって言ったのはそっちじゃないか?だったら出かける必要なんてないじゃない。休みなんだから家にいればいいだろう?そもそも出かけたいって言ったのは君じゃないか。」
ひさこさん「ホントあなたは私の事を何も考えていないのね、折角の休みだから一緒に出かけたいって言っているのに・・・何なの?その態度!」
・・・はい、寸劇はココまでにしまして。
ひさこさんは自分に「身だしなみはキッチリしなければ」という思いを持っている。だからこそ自分にはその思いを向けている。
ただ、その思いが「おしゃれを楽しもう!」だとするならば、きっとパートナーさんに「あなたはみっともない」というよりは、「あなたも一緒におしゃれ楽しみましょう?あなたはもっとかっこよくなるよ!」的な言葉が言えたのかもしれません。そう誘いかけてパートナーさんをコーディネイトするならば、それも一つの楽しみになるかもしれませんしね。
しかし、ひさこさんが持っている「身だしなみはきっちり」という意識が「こうあるべき」といった動機・・・例えば「みっともないのは恥ずかしい」だとか「コンプレックスを隠すもの」だったり、高い美意識を持つことで「自分は素敵な女性であると思いたい」だったとすると、つい、その思いを「相手にも要求してしまう」ことがあります。
それはもう「自分が自分に要求しているように」相手に要求するんです。もちろん動機は「良かれと思って」であっても、です。
そこに隠れた心理は、ひさこさんの「不安」「怖れ」「恥」などであり。
ひさこさんが、その感情を感じたくない・・・という抵抗感が強ければ強いだけ、つい相手に期待し、要求するでしょう。
その期待や要求は、どこかひさこさんが「私はこんな気分になりたくない」と言っているようなものです。そんな気分になるのが嫌なんだ、と。そもそも目の前のパートナーが嫌いってわけではなさそうです。
しかし現実はどうでしょう。
ひさこさんの言動に、パートナーは「自分が批判されている」と感じても不思議ではないんですよね。
なぜなら、ひさこさんの話していることは「自分が思うように合わせるべき」と必死に相手をコントロールしているように聞こえるから。そこではもう相手の意見は排除されてしまっているのです。
ここには感情の影響が強くあるのですが、こういった心の動きによって破綻するコミュニケーションは、私達の日常のあらゆるシーンで登場しますね。
「何であなたは宿題をやらないの!もうそんなんじゃダメ人間になっちゃうわよ!」
「どうして子供のことなのに考えてくれないの?本当に冷たい人だわ!」
「お前さぁ、コレぐらいの仕事で何でミスするの?俺の部下なんだからもっとしっかりしろよ」
しかしこういったコミュニケーションをするたびに、あなたは悪意がなくとも相手の居場所、気持ちを否定してしまうことになるので、周囲との関係がうまくいかなくなることも少なくないでしょう・・・。
「私はただ一生懸命になっているだけなのに、分かってほしいだけなのに・・・どうしてうまくいかないの?」
そう感じる度合いだけ、今あるものに価値を見出せなってしまうのかもしれませんね。そして自分自身に対しても失望してしまうのかもしれません。
>>>『期待の心理学(3)~完璧主義とファンタジー~』へ続く