父が病気になって

相談者名
まき
一年ほど前から父がガンになり、最近末期だと知らされてから、ケチで説教好きで文句ばかりで甘えたな父を怒っていた母が、何でも聞くようになりました。元気な時はままならなかった会話も成立しています。
昔から両親の喧嘩を見てきて巻き込まれていた私は、悔しさ、今さら「お父さんに何かしてあげなさい」という母へのしらけた感情、戸惑いがあります。
最近、家で看るようになるだろうという話が出ました。
必然的に朝昼は私が面倒をみるようになります。人が吐くのを見ると震えが来てしまい耳をふさいで逃げてしまうので怖いです。それと父の文句にイライラしすぎておかしくならないかが心配です。
話をしているうちに、母から「私の下の世話はあんたがやるんだよ」と話も出ました。どうして兄に言う前から決めるのか、文句を言いやすいから?と思いました。父も母も兄にはあまり文句を言いません。何かを言う時気を使います。
褒め言葉だと思っていた「優しい」も付け込まれる材料にしかならないと卑屈になってしまいます。
昔からなぜ私ばかりが、という思いがありました。
怒りっぽくて完璧主義な母が怒らないようにとビクビクして遊びへ出かけたりしていました。
自分の夢だった事ですら、母が応援して支援してくれた時、自分の夢ではなくなる感じがしました。叶えなければと思う反面、やる気が出なくてあせっています。
自分は、自立もしていないのに経済的に甘えて、文句ばかり思っていて、なんてダメなやつだとひどく落ち込みます。劣等感が強くなり、友達とも会わなくなりました。
泣いている母を見たり、病気の父をかわいそうに思ったりすると泣いたりもします。そんな時、面倒は見たくないのに泣くだなんて自分はおかしいなあと思います。本当は、一泊でも帰ってきて欲しくない。大変だったから。みんな疲れるから。
しかし、「かわいそうだから」という母に言えません。
それと、困っている父をわざと無視してしまった事が引っ掛かっていて(怒られました)罪滅ぼしみたいなこともあるかもしれません。
父が元気になった事を喜ぶ母の横で、元気になってきてるのか…はあ…。と思っている自分にゾッとします。
父のガンをきっかけに嫌な自分が見えてきて悩んでいます。
後悔はしたくないのに、自分の保身ばかり考えてしまう。強くなりたいです。
カウンセラー
土肥幸司
まきさん、初めまして。今回、担当させていただく土肥と申します。
よろしくお願いします。まきさんの文章を読ませて頂き、まず最初に私が感じたことは、「まきさんは今までたくさん我慢して頑張ってきたのだろうな」って。「いつも周りの方に気を配ってきたのだろうな」って。

そんな風に感じたのです。

>今さら「お父さんに何かしてあげなさい」という母へのしらけた感情、戸惑いがあります。

そうですよね。本当は助けてほしいのは、まきさんの方かもしれませんよね。両親の喧嘩に巻き込まれてきた幼少時代、完璧主義なお母さんに怒られないように...とビクビクしていた日々。そうやって我慢し頑張ってきたまきさん。なのに「まだ何かをしなさいと言うの?」「また我慢しなきゃいけないの?」「もう頑張れないよ。私だって優しくしてほしいのに!」

そんな気持ちかもしれません。

気持ちがいっぱいいっぱいの時に「人に優しくしよう!」とは、なかなか思えませんし物事を斜めから見てしまうこともあるでしょう。そんな時はしらけた感情が湧き上がってくることもあると思うのです。

だから、まきさんがお父さんの面倒を見たくないと思ったり、どこか冷めた気持ちになってしまったとしても、決して悪いことではないと思うのです。

私達は「自分が感じている感情を感じてはいけない」と禁止している時、苦しくなってしまいます。だからまずはその感情も認めてあげてくださいね。「お父さんに優しくしたい。でも介護は大変だよな~」と思っている。それは薄情なことではないし、多くの人がまきさんと同じように「介護は大変だな」と思っているでしょう。

その「否定的な思いの自分」を認めてあげることって大事なんです。お父さんのことを少し冷めた目で見ていたとしても責めることはないのです。

「こんな風に感じてはいけない」と思えば思うほど、その感情に捉われてしまいます。そこを抜け出すには今、感じている気持ちをまずは肯定してみましょう!すると自分自身の気持ちに寄り添うことが出来るので次第に自分に対して優しく思えるようになれます。すると少しずつ心に余裕が出てきて、その「心の余裕」がいずれは「お父さんに対しても心から優しく振舞える」要因になります。

そして『素直な気持ち』になれるのです。

気付いてほしいのが、まきさんが「お父さんの面倒をみれないと自身を責めていること」です。どうして責めるのでしょうか?それは「本当はお父さんのお世話をしたいのに心からそう思えない自分」を責めているのではないでしょうか?

その気持ちが「まきさんの優しさ」なのではないでしょうか?
今のままでも十分、お父さんのことを思ってあげているのではないでしょうか?

> 褒め言葉だと思っていた「優しい」も付け込まれる材料にしかならないと卑屈になってしまいます。

そんなことはないと思います。私もまきさんは「優しい人」だと思います。でもまきさんは、いつも『100%与えないといけない』と思っているのかもしれませんね。それは完璧主義だったお母さんからの影響からかもしれません。

でもね...
たとえ30%の優しさでも、それは優しさなんですよ。40度の熱があるときに人に優しくしたい、与えたいと思っても難しいと思います。今、まきさん自身も疲れていて余裕がない。

その様な状態で...

> 泣いている母を見たり、病気の父をかわいそうに思ったりすると泣いたりもします。

そう思えることは、まきさんの『優しさ』なんだと思います。

今、いっぱいいっぱいですよね(><)
そんな時はできることからやっていく。それで良いと思うのです。まきさんが犠牲的に何かをしなくても良いと思うのです。「こうしないといけない」とか「こうするべき」ではなくまきさんに余裕があって「こうしたいな」お父さんやお母さんに「こうしてあげたいな」そう思った時にしてあげたらいいのだと思います。それも充分、優しさですよ。

そして、まきさんは今でも、家族を助けているんですよ。

だからお父さんとお母さんはお兄さんではなく、まきさんに頼ってくるのです。

だからこそ、まきさんも自分自身に優しくしてあげてくださいね。まきさんがまきさんの気持ちを大事にしてあげてほしいのです。そのためには、今まで我慢してきた感情を解放してあげることも必要だと思います。ひとりでやらなくても良いと思うのです。是非、私達にも今感じている気持ちを伝えてみてくださいね。

力になれると思います。

そして我慢してきた感情の解放が進むにつれ、心からお父さんのことを思ってお世話をしたいと思える日が来ると思います。

応援していますね。ご相談ありがとうございました。

土肥幸司

この記事を書いたカウンセラー

About Author

自信喪失のケアから夢やビジョンの実現サポート、幸せになれるコミュニケーションを得意とし、”お客様を笑顔に”をモットーに、お客様の気持ちに寄り添った心理分析と、今できることを分かりやすく提案している。 優しい口調からか、癒し系のイメージを与えることが多く、いつも笑顔が絶えない。 ※2020/3/1より休会中