Sinさん、ご相談ありがとうございます。 担当させていただく山下ちなみです。体が悪いということで、つらい思いをされてきたのですね。 病院に行ったけれども、異常はなかったということですので、今回は精神的な観点からお話させていただきますね。Sinさんとしては、いろいろなことにチャレンジをしたり、前に進みたいのに体が言うことをきかない感じがするのですよね。 はがゆいですね。 まるで体が足を引っ張ったり、ジャマをしているかのように感じるかもしれませんね。 Sinさんにとっては、「私のメンタリティー VS 私の身体」、というような気持ちになっているのかもしれませんね。 とってもつらいと思います。 ここでは、少し目線を変えて考えてみましょうね。 そう、身体もsinさんの一部ですよね。 だとしたら、sinさんの体は何かを訴えたいのかもしれません。 そういう風に、ご自分の身体のことを考えてみて欲しいのです。 例えば、学校に行きたくない子供が、朝になると腹痛を起こすというのはよく知られていますよね。 これは一般論ですが、自分にとって、心で考えてはいけないと思うこと、タブーにしていること、無意識の奥に封じ込めているものが、身体の反応として出やすいといえます。 身体の反応として出すことで、自分でも気づいていない何かを伝えようとしてくれているのですね。 大病を患った後、回復した方の多くが、病気に何らかの意味があったとおっしゃいます。 あるワーカホリックの社長は、休んだら負けだと思っていたのですが、病気になって入院したとき、 「病気にならなければ、休むことができなかった。病気になって初めて、休んでもいいという許可がでた」 と感じたそうです。 Sinさんの体も、sinさんが気づいていないことを教えてくれているのかもしれません。 自分でも気づいていないこと、つまり潜在意識、無意識にある思いに気づくためには、ある仮説を用いて自分に問いかける方法が効果的です。 「もし、現在起こっていることが、自分にとって望んでいること、都合のいいことであったとしたら?」 という仮定です。 直感的に出てきたものをみるのが、無意識にアクセスするコツです。 考えると、思考が邪魔をしてしまうのです。 例えば、 「旅行のときに気分が悪くなるほうがいいとしたら?」 「結婚式に気分が悪くなるほうが、自分にとっていいのだとしたら?」 あくまでも、「もし」であり、仮説です。 思いつかないのであれば、「でっちあげ」でもかまいません。 それくらい、意識的に考えるのに抵抗があることだったりするんです。 身体の調子でしか訴えることができなかったのですから、あまり考えたくないことかもしれませんね。 考えても分からなくて、しんどくなったら、今日はやめにしましょうか。 逆に、嫌な考えだったり、自信はないけど、こうかな?、というのが出てきたら、ぜひ、メモにとってください。 例えば、人と接することに対して、どこか不安がある、自信がない、といった答えかもしれません。 単に、ひとと接することに慣れていないだけかもしれませんね。 緊張しているのかもしれません。 仮説であったとしても、糸口がみつかれば、そこから、考えていくことができますよね。 どんな不安があるのだろう、どうしていったら不安がなくなるのだろう、といったふうに。 身体が苦しいとき、そんな自分の身体が嫌になってしまい、こんな身体、と思うかもしれません。 それくらい、つらい葛藤を繰り返してこられたことでしょう。 そう思えば思うほど、きっと、身体は悲鳴をあげてますます悪くなってしまいます。 それに、誰だって、自分のことを嫌っているひとに従いたいとは思わないですよね。 自分の身体であったとしても、それは同じなんです。 心理学的な観点から見ると、病気は自己攻撃の一種でもあります。 だから、気持ち悪いと感じてしまうときには、 「どうしてこんなに気持ち悪くなっちゃうのかな?」 と、優しく、寄り添うように、味方になって聴いてあげて欲しいのです。 そのときは調子が悪くていっぱいになってしまったとしても、落ち着いてから、ゆっくり聴いてあげればOKですよ。 無理をしても、薬を飲んでも、根本的なことが解決しなければ、同じことは続いてしまいます。 Sinさんの身体の調子が、精神的なものなのだとしたら、答えは身体に聞いてみましょう。 今まで、何年も寄り添ってきた身体です。 そして、あなたの一部でもあります。 頭痛を起こしたり、吐き気を催しながらも、sinさんにとって、よかれと思って教えてくれようとしていることが、必ずあるはずです。 その声に、耳を傾けてみてくださいね。 Sinさんが少しでも健やかに過ごし、楽しくしあわせに毎日を過ごすことを祈っていますね。 |