相談者名 | りん |
何か落ち込むことがあると「やっぱり」という諦めの感情が出てきます。そして、自分の本当の気持ちを話すと、みんな私から離れていきます。 中学校ではいじめにあっていました。理由は今でもよくわかりません。虐められないように、人一倍優しさと気遣いを持つように気をつけました。そして、傷付いた人を見ると同情するようになり、「思いやりのある優しい人」でいようと思うようになりました。 だからこそ、自分は悪いことをしている自覚がないのに、人に傷付けられることが起きると「また裏切られた」と思ってしまいます。 もう傷付きたくありません。人に期待しないほうがいいのに、何があっても自分の味方でいてくれる人がいてくれたらどんなに幸せかと考えてしまいます。 | |
カウンセラー | 松尾たか |
りんさん、ご相談ありがとうございます。今回りんさんのご相談を担当させていただく 松尾たかです。どうぞよろしくお願いいたします。 りんさんは今まで落ち込んでも傷ついても、諦めることなく何度も何度も立ち直り頑張ってこられたんだと思います。 中学ではいじめにあったとのことですが、どれだけ辛く苦しく、そして怖かったことでしょうか。 誰かに助けて欲しいと思っても、誰も手を差しのべてくれる人はいなかったではないかと思います。 >虐められないように、人一倍優しさと気遣いを持つように気をつけました。そして、 りんさんは、いじめにあった経験から、思いやりのある優しい人でいようと自分に誓われたのでしょう。 そして、そのような人になろうと努力されてきました。 それは、とても素晴らしいことです。 なのに、人から傷つけられることが起きたり、また人が離れていくということが起き、 りんさんは、人に対して誰よりも優しさと気遣いをしようと頑張ってこられました。 もしそうだとしたら、相手に裏切られたと感じた時、「ほら、やっぱりね。裏切られるんだ」と、どこかホッとしたような気持ちを感じたことはなかったでしょうか。 私たちは、自分が望んでいるむものを証明するために、その証拠となるものを見つけて自分につきつけます。 たとえば、私は人から嫌われる、それが自分であると思っていると、そのことを証明するために、嫌われているという証拠を探し出します。 Aさんは、私が挨拶した時、何か考え事をしていたかもしれないのに、Bさんも、ただ聞こえなかっただけかもしれないのに、「私は嫌われている」という前提条件があると、どんなことでもそのように見えてしまうし、感じてしまうんです。 でも、その前提条件を「私は好かれている」に置き換えると、特に気になることもないでしょうし、Aさんが素っ気無かったとしても、「あれ、今日は体調悪いのかな?大丈夫?」と気にしてあげることになるかもしれません。 りんさんが人と関わるとき、その前提条件はどんなものでしょうか。 一般的に、傷つきやすい人というのは、とても繊細で感受性豊かなのですが、 >もう傷付きたくありません。人に期待しないほうがいいのに、何があっても自分の味方で 人に期待をする、それが自分の願うとおりに反応してくれる、対応してくれる、ということを意味するなら、思い通りにならないこともあるでしょう。 もし、自分でそう思えないなら、私たちカウンセラーに応援させてください。初回無料もあるので、りんさんの本当の気持ちを聞かせてくださいね。 りんさんが心穏やかな毎日を過ごせることを心から願っています。 ご相談ありがとうございました。 |