相談者名 | ケイ |
はじめまして。最近、「私の中には罪悪感、後ろめたさが常にあり、それが様々なトラブルを起こしているのではないか」と気付きました。 結婚以来10年以上、夫の両親と同居してきたのですが、支配的で干渉好きな両親や近所の親戚達とどうしてもうまくやっていくことができず、「居候感=なぜここにいなくてはならないのか」を感じて、悩み続けてきました。先日、夫と話しあって「いずれここを出て、家を買おう」ということになり、「やっと望みがかなう」とうれしかったのですが、いざ真剣に出ていく手順を考える段になると、とても憂うつになってきたのです。 よく考えてみると、出ていくことで年老いた夫の両親にショックを与えることや、ここで穏便に暮らしていくことを望んでいる周囲の期待に応えられないこと、夫にも経済的負担を強いることに罪悪感を感じていると分かりました。(これまで夫の両親などから受けた理不尽な扱いを許していないにも関らず、です) 私は数年前から、いわゆる「アダルトチャイルド」の傾向があることを自覚していて、七転八倒しながらも自己改革?に取り組んできました。ここ1、2年でようやく少しは自分のことを好きになってきました。自分自身に「大好きだよ」と心の中で語りかけてみたり(笑)、仕事を半分に減らして我慢していた趣味をはじめたり、自律神経失調症ぎみの体をいたわったりするようになりました。家を買うという決意も、そうした自分の変化、夫との関係の変化の中で生まれてきたものだと思います。なのに、結局は自分の中の罪悪感が、自分の幸せを許していないのか…と思うとがっかりです。 さらに、両親と同居することがなぜそんなに苦しかったのかと言えば、周りが望む「よい嫁」になれない(なりたくない)のに両親の提供する家に住んでいる、という罪悪感が原因ではないかと思い至りました。 ・・・ということで、私の中で、目下の最優先課題が「打倒!罪悪感」と言う感じになっています(笑)。 | |
カウンセラー | 原裕輝 |
> はじめまして。 >はじめましてケイさん 原といいます。よろしくおねがいします。* 最近、「私の中には罪悪感、後ろめたさが常にあり、それが様々なトラブルを起こしているのではないか」と気付きました。 大きな気づきがあったのですね。気づきがあると、まるで今までオール無しのボートにオールがついたように人生が進んでいきやすいですよね。 > 望みがかなう=嬉しいではなく、反対の憂鬱になってしまった、せっかくの今までの望みがかなうチャンスなのに、なにか感情や感覚的なものが足を引っ張っていると思っていろいろ考えたら罪悪感があったということに気づかれたんですね。 > 私は数年前から、いわゆる「アダルトチャイルド」の傾向があることを自覚していて、七転八倒しながらも自己改革?に取り組んできました。ここ1、2年でようやく少しは自分のことを好きになってきました。自分自身に「大好きだよ」と心の中で語りかけてみたり(笑)、仕事を半分に減らして我慢していた趣味をはじめたり、自律神経失調症ぎみの体をいたわったりするようになりました。家を買うという決意も、そうした自分の変化、夫との関係の変化の中で生まれてきたものだと思います。なのに、結局は自分の中の罪悪感が、自分の幸せを許していないのか…と思うとがっかりです。 自分にやさしくしてあげたり、ご褒美をあげたりすばらしいと思います。 > さらに、両親と同居することがなぜそんなに苦しかったのかと言えば、周りが望む「よい嫁」になれない(なりたくない)のに両親の提供する家に住んでいる、という罪悪感が原因ではないかと思い至りました。 なるほど、周りの期待に答えられないことへの罪悪感があるんですね。 > ・・・ということで、私の中で、目下の最優先課題が「打倒!罪悪感」と言う感じになっています(笑)。 「打倒!罪悪感」この言葉を聞いて「打倒、○○高校、目指せ甲子園優勝」のイメージが浮かびました。 | |
相談者名 | ケイ |
原様暖かいご返事をありがとうございました。 > 大きな気づきがあったのですね。気づきがあると、まるで今までオール無しのボートにオールがついたように人生が進んでいきやすいですよね。 「自分の性格は何かおかしい」と感じて、心理学関係の本を読みあさるようになって20年たちました。カウンセラーの門をたたいたこともあります。頭で分かっいても「こういうことか」と心で気付くのは難しい。でも、心で気付くと、確かに進みますね。 「私は少し変わったかも」と思えるようになったのは、3年前に軽い鬱&自律神経失調症になってからです。理不尽なほど要求の高い上司の下でへとへとになりました。その時、「以前だったら頑張り抜いたかも。今は『頑張りたくない』自分がいて、『頑張れ』というもう一人の自分に逆らっている」と感じていました。それで病気になった気がします。症状は辛かったけど、「病院に行ける=甘えられる」ということがうれしかった。「頑張りたくないといっている自分に正直になろう」と思い、その会社は辞めました。 以前は、自分が何を欲しいと「感じて」いるのか分からなかったし、分かってもそれを自分に与えるのにものすごく勇気がいりました。少しずつ少しずつ勇気を振り絞ってみて「あー、楽しむってこういうことだったのか」という体験を繰り返せるようになってから、少し変わってきました。 > 望みがかなう=嬉しいではなく、反対の憂鬱になってしまった、せっかくの今までの望みがかなうチャンスなのに、なにか感情や感覚的なものが足を引っ張っていると思っていろいろ考えたら罪悪感があったということに気づかれたんですね。 はい。喜んでいると、誰かにつけこまれて何かを奪われそうな気がするのです。 それから、資格のために長年続けている勉強があり、スクールに通ったり、仕事や家事の合間に勉強しています。でも「もうちょっとで成功する」と思いながら、そんなことより目先の生活費を稼がなくては、とか、両親とうまくやれるよう努力しなきゃとか、そういうことに気を取られて「もうちょっと」の努力に身が入らない。成功することが信じられず、やりたい勉強をしている自分が後ろめたくなってしまうんです。で、投げ出して、また一からはじめる・・・。でも、途中で投げ出したことに自己嫌悪。 それが、自分で「幸せになってはいけない」というメッセージを抱えてきたということなのでしょうか?。「幸せになっていいんだよ」と自分に言い聞かせることで、「罪悪感」は薄らいでいくものでしょうか? > なるほど、周りの期待に答えられないことへの罪悪感があるんですね。 父との関係が原因だと思っています。父は家族が楽しそうにしていると怒りだす人でした。「子どもらしさ」を許さなかったし、ほとんどほめられたことありません。気に入らないと「俺が養ってやっているんだから、いうことを聞け」「お前は疫病神だ」と、暴力こそ振るわれなかったものの、家族を罵倒する毎日でした。夫婦仲が悪く、母もかばってくれる人ではなかったので、自分はここにいてはいけない人間だと思い込んで育ちました。 そして、ご指摘の通り、人の顔色を伺い、その期待に沿うように頑張ってきたと思います。人が何も期待していなくても「この人はこういうことを期待しているはずだ」と思い込むこともあります。ほめられること=愛されること、と勘違いしていて、人の期待に応えることが生きがいでした(笑)。いつも人に譲ってばかり、自分は勉強と仕事と家事と「いい人間」になることにがんばろう、がんばろう・・・と。そのくせ、感情をコントロールできずに、父と同じように家族にひどく八つ当たりしていました。楽しめるようになってからは、夫にもやさしくなれましたが。 父が亡くなって20年以上たつのに、まだ父の責める声が頭の中にあります。「そんなことじゃだめじゃないか」と。それが、自分の意見なのか、父に支配されているのかわからなくなります。楽しもうとするとき「仕事や家事や勉強を完ぺきにやってからだ」「そんなことをしたら○○に叱られるぞ」という内なる声にひとしきり悩んだあと、「えーい、うっとうしい。私はやるんだ!」と、自分に向かって叫んでからでないと、前に進めません(笑)。 > 「打倒!罪悪感」この言葉を聞いて「打倒、○○高校、目指せ甲子園優勝」のイメージが浮かびました。 自分は以前よりポジティブになれたと思ってはいるのですが、古い自分がときどき逆襲にきます(笑)。本当に、ちょっとずつしか進めませんね。そんなとき、古い自分から新しい自分に成長するのを助けてくれる、母のような存在が必要だなーと感じます。ここに、そのゆっくりした成長を応援し、見守ってくださる方がいると思うと、とても心強いです。 ありがとうございました。 | |
カウンセラー | 原裕輝 |
> 原様 > > 暖かいご返事をありがとうございました。 > >>大きな気づきがあったのですね。気づきがあると、まるで今までオール無しのボートにオールがついたように人生が進んでいきやすいですよね。 > > 「自分の性格は何かおかしい」と感じて、心理学関係の本を読みあさるようになって20年たちました。カウンセラーの門をたたいたこともあります。頭で分かっいても「こういうことか」と心で気付くのは難しい。でも、心で気付くと、確かに進みますね。 > > 「私は少し変わったかも」と思えるようになったのは、3年前に軽い鬱&自律神経失調症になってからです。理不尽なほど要求の高い上司の下でへとへとになりました。その時、「以前だったら頑張り抜いたかも。今は『頑張りたくない』自分がいて、『頑張れ』というもう一人の自分に逆らっている」と感じていました。それで病気になった気がします。症状は辛かったけど、「病院に行ける=甘えられる」ということがうれしかった。「頑張りたくないといっている自分に正直になろう」と思い、その会社は辞めました。 > > 以前は、自分が何を欲しいと「感じて」いるのか分からなかったし、分かってもそれを自分に与えるのにものすごく勇気がいりました。少しずつ少しずつ勇気を振り絞ってみて「あー、楽しむってこういうことだったのか」という体験を繰り返せるようになってから、少し変わってきました。 > >>望みがかなう=嬉しいではなく、反対の憂鬱になってしまった、せっかくの今までの望みがかなうチャンスなのに、なにか感情や感覚的なものが足を引っ張っていると思っていろいろ考えたら罪悪感があったということに気づかれたんですね。 >>罪悪感があると自分に受け取ることを許可しませんから、夢やチャンスを受け取らないことで自分を罰しているのかもしれませんね。 >>自分に受け取ることを許すことができたらいいですね。 > > はい。喜んでいると、誰かにつけこまれて何かを奪われそうな気がするのです。 > > それから、資格のために長年続けている勉強があり、スクールに通ったり、仕事や家事の合間に勉強しています。でも「もうちょっとで成功する」と思いながら、そんなことより目先の生活費を稼がなくては、とか、両親とうまくやれるよう努力しなきゃとか、そういうことに気を取られて「もうちょっと」の努力に身が入らない。成功することが信じられず、やりたい勉強をしている自分が後ろめたくなってしまうんです。で、投げ出して、また一からはじめる・・・。でも、途中で投げ出したことに自己嫌悪。 > > それが、自分で「幸せになってはいけない」というメッセージを抱えてきたということなのでしょうか?。「幸せになっていいんだよ」と自分に言い聞かせることで、「罪悪感」は薄らいでいくものでしょうか? > >>なるほど、周りの期待に答えられないことへの罪悪感があるんですね。 >>ということは、昔から期待に答えようとがんばられてこられたタイプでしょうか? >>頑張って、頑張って、辛抱して、犠牲して、また頑張ってを繰り返ししてきたことはないですか?だけどいくら頑張っても自分にはご褒美はなかなかあげなかった方ではないかと思いました。 >>いったい、いつくらいからからこの罪悪感をもっていたのでしょうか? >>罪悪感を感じるルーツをひも解いていくことで、罪悪感を手放していく材料になると思います。 > > 父との関係が原因だと思っています。父は家族が楽しそうにしていると怒りだす人でした。「子どもらしさ」を許さなかったし、ほとんどほめられたことありません。気に入らないと「俺が養ってやっているんだから、いうことを聞け」「お前は疫病神だ」と、暴力こそ振るわれなかったものの、家族を罵倒する毎日でした。夫婦仲が悪く、母もかばってくれる人ではなかったので、自分はここにいてはいけない人間だと思い込んで育ちました。 > > そして、ご指摘の通り、人の顔色を伺い、その期待に沿うように頑張ってきたと思います。人が何も期待していなくても「この人はこういうことを期待しているはずだ」と思い込むこともあります。ほめられること=愛されること、と勘違いしていて、人の期待に応えることが生きがいでした(笑)。いつも人に譲ってばかり、自分は勉強と仕事と家事と「いい人間」になることにがんばろう、がんばろう・・・と。そのくせ、感情をコントロールできずに、父と同じように家族にひどく八つ当たりしていました。楽しめるようになってからは、夫にもやさしくなれましたが。 > > 父が亡くなって20年以上たつのに、まだ父の責める声が頭の中にあります。「そんなことじゃだめじゃないか」と。それが、自分の意見なのか、父に支配されているのかわからなくなります。楽しもうとするとき「仕事や家事や勉強を完ぺきにやってからだ」「そんなことをしたら○○に叱られるぞ」という内なる声にひとしきり悩んだあと、「えーい、うっとうしい。私はやるんだ!」と、自分に向かって叫んでからでないと、前に進めません(笑)。 > >>「打倒!罪悪感」この言葉を聞いて「打倒、○○高校、目指せ甲子園優勝」のこんにちは、原裕輝です。 >>大きな気づきがあったのですね。気づきがあると、まるで今までオール無しのボートにオールがついたように人生が進んでいきやすいですよね。 > > 「自分の性格は何かおかしい」と感じて、心理学関係の本を読みあさるようになって20年たちました。カウンセラーの門をたたいたこともあります。頭で分かっいても「こういうことか」と心で気付くのは難しい。でも、心で気付くと、確かに進みますね。 > 気づきがあるとホントそうですよね。> 「私は少し変わったかも」と思えるようになったのは、3年前に軽い鬱&自律神経失調症になってからです。理不尽なほど要求の高い上司の下でへとへとになりました。その時、「以前だったら頑張り抜いたかも。今は『頑張りたくない』自分がいて、『頑張れ』というもう一人の自分に逆らっている」と感じていました。それで病気になった気がします。症状は辛かったけど、「病院に行ける=甘えられる」ということがうれしかった。「頑張りたくないといっている自分に正直になろう」と思い、その会社は辞めました。 > 病気になってへとへとにならないと、自分に休みを与えて上げれなかったんですね。自分にやさしくしてあげたんですね。 > 以前は、自分が何を欲しいと「感じて」いるのか分からなかったし、分かってもそれを自分に与えるのにものすごく勇気がいりました。少しずつ少しずつ勇気を振り絞ってみて「あー、楽しむってこういうことだったのか」という体験を繰り返せるようになってから、少し変わってきました。 すばらしい!!! >>望みがかなう=嬉しいではなく、反対の憂鬱になってしまった、せっかくの今までの望みがかなうチャンスなのに、なにか感情や感覚的なものが足を引っ張っていると思っていろいろ考えたら罪悪感があったということに気づかれたんですね。 不信感がでてきてしまうんですね。 > それから、資格のために長年続けている勉強があり、スクールに通ったり、仕事や家事の合間に勉強しています。でも「もうちょっとで成功する」と思いながら、そんなことより目先の生活費を稼がなくては、とか、両親とうまくやれるよう努力しなきゃとか、そういうことに気を取られて「もうちょっと」の努力に身が入らない。成功することが信じられず、やりたい勉強をしている自分が後ろめたくなってしまうんです。で、投げ出して、また一からはじめる・・・。でも、途中で投げ出したことに自己嫌悪。 お気持ち分かります。 > それが、自分で「幸せになってはいけない」というメッセージを抱えてきたということなのでしょうか?。「幸せになっていいんだよ」と自分に言い聞かせることで、「罪悪感」は薄らいでいくものでしょうか? 罪悪感のメカニズムは自分に与えさせないというメカニズムですから、 >>なるほど、周りの期待に答えられないことへの罪悪感があるんですね。 お父様が楽しめさを許せなかった人生を送ってこられて > 父が亡くなって20年以上たつのに、まだ父の責める声が頭の中にあります。「そんなことじゃだめじゃないか」と。それが、自分の意見なのか、父に支配されているのかわからなくなります。楽しもうとするとき「仕事や家事や勉強を完ぺきにやってからだ」「そんなことをしたら○○に叱られるぞ」という内なる声にひとしきり悩んだあと、「えーい、うっとうしい。私はやるんだ!」と、自分に向かって叫んでからでないと、前に進めません(笑)。 お父様=愛を受け取る、楽しむことを許してこない象徴になっていますから、 >>「打倒!罪悪感」この言葉を聞いて「打倒、○○高校、目指せ甲子園優勝」のイメージが浮かびました。 もちろん、応援させていただきます。 |