相談者名 | オットセイ |
私には精神的な障害があります。 障害があることを、内心とてもとても恥ずかしいことだと思っています。 障害者施設で働いていることも、内心恥ずかしいことだと思っています。 いわゆる健常者に、内心バカにされているのではないかといつも思います。 障害者だからどうせ○○できないとか、障害者だからどうせ××やらせとけばいいとか、思われているのかなとか。 障害者は、黙って健常者の言うこと聞いてればそれで世の中丸く収まるんだ、みたいに思われているのかなとか。 でも、私ははっきり記憶しているのですが、私が中学生のころ学校をサボっていたとき、「心が苦しい。いっそ心の病にかかりたい。そうすれば、つらい学校を堂々とサボれる」そう思っていたのです。そうしたら、その10年後くらいに、ほんとうに精神的な病にかかってしまいました。自分は迫真の演技で、仮病を演じているのでしょうか? 学校が辛かった理由は、まず性欲が、自己処理してもしても溢れてきて抑えるのが苦痛すぎたこと、それまで成績がオールAだったのに中学から急に勉強ができなくなったこと、体育の時間の体育着の脚の露出が多すぎて、そんなのを平気で着せる教師に腹が立って泣きたかったこと、先生の言うことを聞くのが屈辱的だったこと(子ども扱いされているみたいに感じたから)。 自分としては、学校でもっと勉強を頑張りたかったし、もっと世の中や歴史などをしっかり学びたかったです。好きな男の子と一緒に下校したりもしたかったし、もっと学校を楽しみたかったです。でも、無理でした。 いま、30代ですが、障害者施設で働きながら、生活保護で一人暮らししています。家では、勉強しています。学校でできなかった分を取り戻したくて。でも、うまく行かないんです。集中力がないし、記憶力も悪いです。やっぱり自分は頭悪いんでしょうか? でも、頭悪くて、記憶力も悪い、集中力ないのって、とっても障害者らしいかも、と思います。自分はなんとなく、障害者らしくいないといけない気がします。なんとなく、できることを自分で抑えているような、そんな気もします。 どうしたら、障害者という概念から、自由になれるでしょうか。自分のアイデンティティーは、障害者以外のものにしたいんです。 | |
カウンセラー | 近藤あきとし |
オットセイさん はじめまして。 カウンセラーの近藤あきとしと申します。 どうぞよろしくお願いいたします。 > 私には精神的な障害があります。 オットセイさんは自分自身を認めることが出来ずに苦しんでこられたようですね。 それでも、やりたかったこと学びたかったことを取り戻したいと思って 考えられるコトもやり尽くして、上手くいかない自分を感じるコトも嫌になって > でも、私ははっきり記憶しているのですが、私が中学生のころ学校をサボっていたとき、「心が苦しい。いっそ心の病にかかりたい。そうすれば、つらい学校を堂々とサボれる」そう思っていたのです。そうしたら、その10年後くらいに、ほんとうに精神的な病にかかってしまいました。自分は迫真の演技で、仮病を演じているのでしょうか? 思春期なると、心身ともに大人になる準備が出来てくるに従って、自然と性欲も 但し、特に女性は強く感じることなんですが、性的なエネルギーを感じるコトに するとその時期から、周りから自分を隠すようになっていきます。 オットセイさんは、きっと本能的なエネルギーである性欲を抑える為に、理性と言う そして、大人とも子供とも言えない微妙な間で、先生の言うコトを聞くことが屈辱に > 自分としては、学校でもっと勉強を頑張りたかったし、もっと世の中や歴史などをしっかり学びたかったです。好きな男の子と一緒に下校したりもしたかったし、もっと学校を楽しみたかったです。でも、無理でした。 集中力が無いというより、本来オットセイさんは逆で集中力こそ長所なハズだと そのルーツは思春期に感じた自分への嫌悪感からかもしれないですし、 > どうしたら、障害者という概念から、自由になれるでしょうか。自分のアイデンティティーは、障害者以外のものにしたいんです。 オットセイさんの描いている本来の世界は、誰も傷けないし誰も傷つかない 自分を嫌い、自分を責めている時には、周りを見ることも遠くを見通すことも その時にオットセイさんが真っ先に興味を引いて、行ってみたいと思った所 上で例えた頭痛が心の痛みだとしたら、それも同じように手当をして楽になることも オットセイさんが胸を張って自分に生れてきて良かったと言える人生を手に入れられる 今回はご相談ありがとうございました。 近藤あきとし |