どうしたらいいのか分かりません・・・

相談者名
アレン
病院で診断された訳ではないのですが、自分なりに調べてみると、あてはまる項目からして私は不安障害なのですが、調べなくても自分の事なので、何らかの精神病ではないかと思っていたのでそれは分かっていたのですが、とにかくお金が無いので病院にも行けない状態です。
私は実家住まいなのですが、両親共に働いてくれないので私が生活費含め、おまけに親の借金まであり、両親を養っている状態なので、ほとんど小遣いもなく、保険すらなく、病院にも行けません。
それを両親に言った所で何も変わりませんし、かといって、話せる様な人とか理解者もいないのでどうにもなりません。
話せる人を作る事も出来ません。
もし出来るならこんな病気にはなってないですし。
多分、病気自体は幼少の頃からだと思いますが、ずっと親にも周りにも黙って隠してきました。
学校も休みがちになり、仕事もしなくてずっと引きこもり状態の時がありました。
その為、よく親や周りから責められ、怒られてばかりいました。
どうしてなのか理由も一切聞かず。
一言どうしたの?と言ってくれれば私はそれで良かったのに、それさえ誰も言葉をかけてくれませんでした。
なのでそんな人に話す気すらありませんでした。
しかし、ある日、私は(大人になってからですが)自分の病気の事を親に話しました。
それから仕事を始めたのですが、結局、病気は放っておいても治る訳もなく、又、結局健常者(周り)は理解していないんだな、という言葉を要所要所に感じます。
親もその一人です。
私は一人でどうしていいのか分かりません。
お金もないですし、誰も頼れません。
親も勝手な事を言いますが、何よりもまず私自身が一番将来が不安です。
私は本当の意味で理解してくれる人がほしいです。
でも周りとかはもうムリな事が分かりました。
だからせめて病院に行きたいのですが、それさえもできません。
暗示とか自己啓発でもムリでした。
こんな私はどうしたら良いのでしょうか?辛過ぎてやりきれません。
どうか教えて下さい。
宜しくお願い致します。
カウンセラー
中原謙一
アレンさん、始めまして
私は中原謙一と申します。
宜しくお願いいたします。

まず、最初に伝えておかなければいけないことがあります。
最近の心にまつわる病気というのは、お医者さんですら間違えて診断してしまうほど、病名をつけること自体が難しいという現状があります。
まして、素人の私たちが勝手に「私は○○にちがいない」と決めること自体、正しかったことは私の経験上ほとんどありません。
さらに、すべてのいまどきの人たちは、心のやんでいる部分を多かれ少なかれみんな持っています。
私だって当てはまる項目を見てみれば、不安障害や強迫神経症、社会不適合などに簡単に当てはまります。
ですので、自分で「不安障害ではないか」といわずに、正しいお医者さんに行くまでは、自分で病名をつけないことをお勧めいたします。

さて、読ませていただいて感じたことなのですが、アレンさんの文章に多少気になる点があります。

最初は、すべてが「できない」ことしか書かれていないということです。
もし本当にどうにかしたいのであれば、親と離れる、という選択もあるはずです。
世の中には、親をほっといて自分の人生を歩んでいる方もたくさんいるわけですから、なぜそうしなかったのかを考えたことはあるのでしょうか?
そして、現状の環境にい続けた理由は何なのでしょうか?
たとえば、お金がないからという理由であれば、遠方で住み込みの仕事を見つけて、住所を告げずに家を飛び出せば、お金と居住環境と親離れが同時にできますよね。
本当に現状の環境が嫌なのであれば、そのような選択もあったのではないか、と感じます。

つまり、アレンさんは、自分に対して「できない」ことばかりを並べて、自分が何も「やらない」ように言い聞かせてきたのではないか、と感じます。

次に、「一言どうしたの?と言ってくれれば私はそれで良かったのに」とありますが、本当に言ってもらえたら、アレンさんは満足したでしょうか?
確かに、一時的な満足感は得られるでしょう。
しかし、その言葉を言ってもらったからといって、アレンさんの現実はなにか変わるのでしょうか?
さらに、実際にだれかがアレンさんに「どうしたの?」と聞いても、アレンさんが「別に、なんでもないよ」といってしまえば、それでもうアレンさんの望みはかなってしまうわけですよね。
それがアレンさんの望みなのでしょうか?
そして、まさかとは思いますが、「別に、なんでもないよ」とは今まで言ってませんよね。

それから、、「結局健常者(周り)は理解していないんだな」とありますが、これは非常にひっかかります。

もし、アレンさんが健常者で、周りの人たちが健常者でないとしたら、アレンさんはどうしますか?
アレンさんは、自分が病気だからと決め付けていますから、周りが健常者になるのでしょうけれど、もしアレンさんが健常者で、周りの人が健全な心ではない、心の病んでいる人たちであれば、アレンさんが健常者であるということになりますよね。
そうすると、アレンさんは誰よりも「自分」を全く理解していないということをご自分でおっしゃっていることにもなりますよね。

暗示や自己啓発が無理なのも当然です。
なぜなら、自分が病気であることの証明のほうが今は大切で、自分が本当は健常者であることがばれていまったり、一般的に考えられる普通の生活が送れるようになっても、困るみたいですからね。
そうなってしまったら、「できない」言い訳がすべていえなくなりますからね。

ここからは私の個人的な見解ですが、アレンさんは相当いろいろなものに怒っていらっしゃるみたいですね。
それも、相当小さい頃から。
それは親であったり、周りであったり、環境であったり、社会であったり、お金であったり、自分自身に対してもかなりの怒りをもっていらっしゃる感じがします。
その怒りが外に出ずに、自分の中で蓄積され、自家中毒みたいになっているのではないか、と私は感じます。

そもそも、私には疑問があります。
なぜそこまで理解してくれない人たちの周りに、今までずっとい続けたのでしょうか?
そして、なぜそこまで理解してもらう努力をし続けたのでしょうか?

もしかしたら、アレンさんは、ただ愛されたかっただけかもしれませんよね。
そして、アレンさんは、理解してくれない人たちを、本当に心から愛しているのかもしれませんね。

心から愛しているからこそ、今まで見捨てることも切り離すこともできないで、一人で抱え込んでどうにかしようと必死にもがいてきたのではないでしょうか?
また、同時に愛を与えてくれなかった、愛を受け取ってもらえなかった悲しみと怒りが蓄積されて、「怒り」という愛情とは形の違う相反する感情も存在しているみたいですね。
長い間、この2つの感情の中で葛藤を続けてきているわけですから、引きこもりたくもなるでしょう。

できるかできないかは別にして、一応どうすればいいかをお話しておきます。
アレンさんは、「真実の自分」を知ることが必要です。
「自分のことは自分が良く知っている」といいますが、残念ながら自分自身が自分自身を理解するということは、他人を理解するより難しいことなんですよね。
自分の目で、直接頭や背中や唇を見ることができないように、すべてを理解したと思っても、見えていない場所はたくさんあるわけです。

「人の振り見て我が振り直せ」ということわざは、この自分では見えないところ、を他人を鏡にして、自分を省みることを教えています。
今のアレンさんは、周りの人がやってきたように、誰かのせいにして、病気のせいにして、「真実の自分」から逃げているように私は感じます。

逃げないこと。

これが、現状を突破するキーワードになります。
「できない」言い訳ではなく「やってみる」という自分に対する信頼を持ってみてください。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

中原謙一

この記事を書いたカウンセラー

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