「もし、いったいぜんたい、なにをなさっているんですか?」
突然、背後から聞こえた甲高い声に、俺は心臓をたたかれたような思いがして、振り返った。
いったい、いつからそこにいたのか、黒ずくめの男(と思われた)が、俺に背を向けて、屋根の縁に
座っていた。
男は、漆黒のマントに体を包み、頭には先のとがった、魔法使いのような帽子をかぶっている。
背中まで届く長髪で、細身。
座っているが、かなりの長身であることがうかがい知れた。
顔は夜の闇と、それ以上に、俺に背を向けているため、よく見えない。
そして、男の傍らには、俺を不思議そうに眺める一匹の猫がいた。
あの甲高い声は、この男が発したのだろうか?
俺は思った。
やっぱりうまくいかなかった・・・。
最後の最後まで、世界は俺のしようとすることを許すことはなかったのだ。
俺は、犯行現場を見られたこと以上に、俺の計画が失敗に終わったことに、言い知れない
絶望感を感じながら、声もなく、その場にへたり込んだ。
「あらら?ごしゅじんさま、このひと、こし、ぬかしちゃいましたよ?」
「おまえがいきなり喋りかけるからだ。」
「でも、わらに、ひをつけようとしてましたよ?
ひ、ですよ、ひ。
かじに なってしまうじゃあ、ないですか。」
「・・・放火か・・・。Coolじゃないな。せっかくのSharpな月明かりが台無しだ。もう先へ行くか。」
「まってくださいよ、ごしゅじんさま。
このほうかまさんを、このままほおっておくんですか?
もしかすると、ここにも、くーるででぃーぷならいふが、あるかもしれませんよ?」
「むむむ・・・」
「そのきになりましたね、ごしゅじんさま。」
俺の絶望感は、次第に驚愕に変わっていった。
黒ずくめの男は、猫としゃべっている!
さっきの甲高い声は、この猫のものだったのだ!
いったい俺は、夢でも見ているのか・・・?
俺は、混乱しながら、やっと、男に言った。
「警察に言うのか?」
男は帽子の奥から俺を一瞥した。が、顔はやはりよく見えない。
「警察に行きたいのか?」
男は逆に俺に聞き返した。
俺は、また、黙ってしまった。なにも答えることが出来ない。
「ね、ほうかまさんですもん、なかなか、でぃーぷならいふってかんじじゃないですか。」
「まあ、いいだろう。ちょっと付き合ってみるか。」
「はい、ごしゅじんさま。」
男は立ち上がって、俺に向き直った。
だが、やはり細面なこと以外、顔が良く分からなかった。
「おい、なぜこの家に火をつけようとする?
せっかくのクリスマス・イブの夜に・・・」
俺は何がなんだかもう、わからなくなっていた。
ただ、分かっていることは、俺の人生最後の計画はすでにもう、おじゃんだということだ。
目の前にはいつのまにか、胡散臭い黒ずくめの男がいて、非現実的なしゃべる猫がいる。
俺は錯乱し、こう一気にまくし立てた。
「なぜだ?
なぜ俺ばかりがこんな目にあう?
不公平だ。
俺は今日までまじめに生きてきた。
俺はもう、死にたかったのに、なぜ、それすら許してもらえない?
そうか、わかったぞ、おまえたちなんか、まやかしだ!
俺の中の、この家に火を放つことへの罪悪感がおまえらのようなまやかしを作ったに
違いないんだ!
そうだ!しゃべる猫なんているはずがない!!
まして、誰もいなかったはずのこの屋根の上に、幽霊のように急にあらわれるなんて、
まやかし以外のなにものでもない!
もう、消えろ、まやかし!!」
「このひと、よっぽどひっしだったんですかね。
ぼくたちが ずっとここに いたことに きづかなかった みたいですよ、ごしゅじんさま」
猫がそういうと、黒ずくめの男は、ゆっくりこういった。
「・・・俺たちはずっとここにいたぞ。」
「なんだと!?」
「おまえのしていることの一部始終を見ていた。かんぬきの外れた門をあけ、家の周りを
一周してから、木にのぼり、屋根の上から、火をつけた藁を、その煙突から落とそうと
していた。」
「ちがう!おまえらはどこにもいなかった!!」
「どう思おうとおまえの勝手だ。俺たちはここで、この聖なる夜の月明かりを楽しんでい
たのだ。そのささやかな楽しみを、おまえが台無しにしてくれた。さすがにCoolな俺も、
ちょっとHotになってるんだぜ?」
男の冷静なのか、ふざけているのか、まるで人を馬鹿にしたようなしゃべり口調に、俺は
逆に冷静さを取り戻していった。
そうだ。ばかげている。まやかし相手に本気になるなんて・・・。
だが、俺は、半ば意地になって、黒ずくめの男にこういった。
「おまえがまやかしでないのなら、そのしゃべる猫はどう説明する?
そんな猫、見たことも聞いたこともないぞ。」
「こいつは俺の相棒だ。それ以上でもそれ以下でもない。」
「・・・答えになっていないぞ。」
「ふっ、そうとるのはおまえの勝手さ。世の中は広いんだぞ?
おまえの知らないことなんて山ほどあるのさ・・・。なあ、相棒?」
「はい、ごしゅじんさま。」
そういって、男と猫は肩をすくめた。
・・・やっぱり人を馬鹿にしている。
いつもどおりだ。俺の周りのやつは、みんな俺を馬鹿にする。
俺はもう、ばかばかしくなって、それ以上、猫のことを追求することをやめた。
「さて、今度はこっちの質問に答えてもらおうか。
なぜ、この家に火をつけようとする?」
男が言った。
俺は、この黒ずくめの男に、精一杯の皮肉をこめようと、必死に感情をこめて言った。
「・・・復讐してやるためさ。」
「復讐?」
「おだやかじゃ、ないですねぇ。」
「ああ、Coolじゃないぞ。」
そういう男と猫に、俺はさめた口調になるように努めて言った。
「なんとでも言え。俺が今日までどんな思いで生きてきたのか、おまえらは知らんだろう?」
俺がそういうと、男は、
「Coolじゃないのは、復讐のことじゃあない。おまえの復讐の道連れになる、この家の子供
たちのことさ。」
つづく・・・