先日のこと、外出をしなければならなくなって、毎週来てもらっているハウスキーパーさんに、行って欲しい仕事を書いたメモを残して外出しました。
その中の一つに窓を拭いて欲しいという項目があって「ベランダに向かって左手の窓拭きをお願いします」と書いておきました。
ハウスキーパーさんにまだ仕事をしてもらっている時間に外出から戻って来ると、ハウスキーパーさんから「拭くのはこちらの窓で良かったのですよね」とベランダに面した窓の左半分の窓を拭いたとの話がありました。
実は、私が拭いて欲しかったのはベランダに面した窓ではなく、ベランダに向かって左手にある出窓の窓だったのですが、メモではその意思が伝わらなかったのです。
「う〜ん、確かにそうとも解釈できる」と思わず納得してしまいました。
大学を卒業して間もない頃、仕事をお願いしている業者さんに指示書を書く場面がよくありました。
技術系の仕事をしていたので試作品などの発注をするのですが、技術者の共通言語である図面で仕事をお願いするのはもちろん、それに加えて納期や納品方法、注意していただきたいポイントなどは別途“言葉”でお願いしなければなりません。
あるとき、上司から「文章でお願いする時には、当たり前と思っていることでも、これでもか、というぐらい詳細に書かないと勘違いされる」という話をされたことをふと思い出しました。
私たち人間は、立場の違いやそれまでの経験、価値観、思い込み、自分の常識で“解釈”してしまうことがとてもよくあります。“真実は人の数だけ存在する”と言った人がいますが、これは誠に言い得て妙だと思います。
少し話は脇道にそれますが、皆さんは“事実”と“真実”の違いについて考えられたことがあるでしょうか。
一般的に、事実とは“感想の入らない客観的な事象”であり、真実とは“個人の捉え方や見方に基づいた結論や考え”を言います。例えば「この車は大きい」はその人の主観の入った真実であり、「この車の長さは5m」というのが主観の入らない事実です。
テクニカル的には、この違いをコミュニケーションの中で意識する習慣をつけると、ミスコミュニケーションを減らすことができます。
相手の話していることが“事実”なのか、“真実”なのかを見極め、相手が詰問されていると感じるような刺激を与えない様に適切な質問を加えて明確にしていくことですね。
これには、質問のテクニックが少々必要になるかもしれません。
心理学やカウンセリングの中で主観の入った“真実”の話をするときに出てくる法則に「投影の法則」というのがあります。
投影の法則とは、その人の心の中にある“色眼鏡”で物事を捉える現象を表しています。
例えば「私は人に嫌われる」という自己概念=色眼鏡を持っていると、例えば友人を食事に誘って断られた場合「私はその人に嫌われているから断られた」というように思いがちになります。
事実はその友人に別の用件があって断ったのかも知れないのですが、その人の真実は「嫌われているから断られた」となってしまうのです。
また、よくあるお話で「主人は浮気している」と疑っておられる方とその状況についてお話すると、事実と真実が混在しているケースが多くみられます。
その人の自己概念=色眼鏡は「私は○○だから浮気される」と何らかの自己否定をされているケースがとても多く、これに加えて「男は○○だから浮気する」という観念=色眼鏡が入っています。
もちろん、浮気が“事実”であることも、ケース的にはままあることなのですが、そのような状況に至るにはそれなりの理由があり、それがネガティブな自己概念や観念と相俟ってその理由を作り出していることがよく見受けられます。
この投影の法則を理解し、自分にはどのような投影の傾向があるかを知ることで、ミスコミュニケーションを減らすことができるでしょう。
また、先にも少しお話しましたが、ミスコミュニケーションを減らすには、丁寧に伝えることが必要になってきます。
「これぐらいで理解しろよ」「当たり前だろ」と言いたい気持ちはわからないでもないですが、人は独自の解釈をするものだとの前提に立ち、想像力を膨らませてできるだけ丁寧にコミュニケーションすることを心がけることが必要です。
いくら慎重にコミュニケーションを行っても、人間である以上完全ということはありませんから、それでもミスコミュニケーションは起こります。
しかし、ミスコミュニケーションが生じる可能性はかなり低減できるのではないかと思います。