こんばんは。
神戸メンタルサービスの平です。
アメリカで、ネズミを使ったある実験が行われたことがあります。
メスのネズミの前で、オスのネズミ2匹を出会わせるというもので、メスを獲得したい2匹のオスの間にはケンカが始まります。
このケンカで負けたオスをふたたび同じ状況に置き、別のオスとケンカさせます。同じオスが負けたら、さらにもう一度、同じことを繰り返します。
こうして、メスを獲得しようと3回対決し、3回連続で負けたオスは、その後はもうケンカはしないという結果がこの実験からは得られました。別のオスを見た途端、相手におしりを向けるという、従順の姿勢をとるのです。
逆説的なのですが、ケンカを好まないやさしい男性は、女性から距離をとる傾向があるようです。女性の前で自分を表現するということが非常に苦手というわけです。
そうした傾向は男性ホルモンと関係しているという考え方もあるようですが、そういえば最近、町の中ではヤンキーと呼ばれる人々がほぼ絶滅状態です。
昔はよくあった学校同士の抗争などもほぼなくなり、平和になったわけですが、それに伴い、草食系や絶食系と呼ばれる男性が増えてきているようです。
男女関係に奥手であるだけでなく、もはやまったく女性に興味をもたない男性も少なくないようです。
このタイプの男性は、恐い女性をいやがります。が、それでいて、なぜか女性の前では怒られるようなことをよくしでかします。
たとえば、決めることが苦手なので、「さっさと決めなさいよ、男でしょ!」と言われたり、すぐに泣いてしまうので「男のくせに、メソメソするんじゃないわよ!」と言われたり‥‥。
要は、「あんたなんか男じゃない!」というような攻撃をさせるようなことを敢えてしてしまったりするわけです。
そんな男性に限って、「自分はほめられて伸びるタイプです」などと言って、よけいにまわりの女性陣をイライラさせたり、さらなる攻撃を引き受けたりするようなことにもなりがちです。
このタイプの男性は、次のいずれかにあてはまることが多いようです。
1)自分がなにもできなかった子ども時代に、まわりのだれかの役に立てなかった経験がある。
2)「女性は自分の面倒を見たがるものだ」という思い込みがある。
3)自分はなにもできないが、いつもだれか助けてくれる人がいる。
つまり、だれかに面倒を見てもらったり、愛してもらったりという経験はあるのですが、自分がだれかの役に立ったり、だれかの面倒を見て感謝されたという経験はほとんどないわけです。
よって、彼らは自分に自信をもつことができず、いつまでたってもオドオドとした態度をとってしまったりするわけです。
これは、少子化という時代背景のもと、子どもたちが王子様、お姫様であるかのように大事にされ、チヤホヤとされてきたことの一つの弊害なのかもしれません。
人の自信をつくるのは、「どれだけ愛されてきたか」ということよりも、「どれだけ愛してきたか」ということであるようなのです。
とくに男女関係に自信のない男性は、「なにをすれば彼女のよろこびになれるか」という発想をすることがありません。
その大事なことより、「怒られないように、叱られないようにするには、どうしたらいいか‥‥」ということばかりを考えているのですね。
ついつい、まわりの女性のことを、自分を怒る人だと考えているわけです。この時点で、女性たちは気分悪いですよね、悪役にされているわけですから。
では、こうした男性を、女神様のようにやさしく受け入れるとどうなるでしょうか?
多くの場合、疑われます。
「ほんとかなぁ? そのうち、ぜったい怒るはず!」という目で見てくるわけですから、「いいかげんにしなさいよ!」となるわけです。
結局、彼らにとって必要なのは、「自分がだれかの役に立ったり、だれかをよろこばせることができた」という経験をたくさんすることです。
それができた度合いだけ、自分への自信が増し、男らしさも育っていくようなのです。
では、次回の恋愛心理学もお楽しみに!!