愛されていないのではなく、愛していなかった
◆うまくいかない恋愛。それ自己嫌悪の投影かも?
投影は自分の心のなかにあるものを、相手のものとして映し出してしまう現象です。たとえば、映画館のスクリーンに映像が映し出されている様子を思い出してみてください。
映写機が自分で、自分が思い描いている物語のフィルムを映し出して観賞をしているようなものです。このとき相手はスクリーンとして存在しています。
私たちは自分の心のなかにある「自己嫌悪」「自己否定」を相手というスクリーンに映し出しては、自分の感情ではなくあたかも相手の感情であるかのように捉えてしまうことがあります。
たとえば、このようなことが実際に起こっています。
彼女には付き合い始めたばかりの恋人がいるのですが、彼はとてもやさしい人です。今まで付き合ったどの男性よりも素敵に思えて、自分にはもったいないと思うほどでした。
お付き合いして三か月もすると、彼女はだんだんと不安になってきました。「なぜこんな素敵な人が私なんかと付き合ってくれるのかしら?きっと私のことをよく知らないからだわ。なにか勝手に良いイメージをもっているんじゃないかしら?だって、本当の私はひがみっぽくてただの暗い女だもの。」
だから彼女は聞いてみたのです。「ねぇ、なんで私なんかと付き合ってくれるの?あなたと付き合いたい女性は他にもいたでしょう?」
彼は驚いたような顔をして答えました。「なんでそんなことを言うの?僕は君のことが好きだから付き合っているのに」と。それを聞いて彼女はちょっとだけホッとしました。
でも、すぐに不安になって、また聞いてしまうのです。「ねぇ、私の性格で嫌なところがあったら言ってね。すぐに直すようにするから。」
すると、やはり彼は驚いたような顔をして言うのです。「嫌いなところなんてべつにないよ。嫌いだったら付き合っていないよ」と。それを聞いて彼女はちょっとだけホッとするのです。
お付き合いして半年経っても不安は消えないままでした。また彼女は聞いてみたのです。「本当は私と付き合ったことを後悔しているんじゃないの?嫌いになったら言ってね。」
すると、彼は悲しそうな顔をして言うのです。「そのセリフ、もう何回目?僕じゃダメなのかなぁ?」と。
それを聞いて彼女はついに言ってしまったのです。「ねぇ、私たち、別れたほうがいいんじゃないかな?だって私、あなたが思うような女じゃないんだもの。」
それからふたりの関係がギクシャクするようになりました。一年ほど経った頃には彼からの連絡が減り、二人の関係はジ・エンドを迎えることになったのです。
◆相手の姿を見て自分の心を知る
これは誰の話かというと、かつての私の話なのです。投影の法則など知らない頃のせつない思い出としてここに再現をしてみました。
私たちは「自分で自分のことをどう思っているのか」を相手に投影をし、あたかも相手がそう思っているかのように感じてしまうことがあります。
「(私が私を好きになれないように)彼も私のことを好きになれないに違いない」という自己嫌悪を投影していたことが今ならわかるのですが、当時は知りませんでした。
そして、ここにはもうひとつ大きな投影があることを忘れてはいけません。それを最後に皆さんにお伝えしたいと思います。
「どうせ私のことなんて、好きじゃないんでしょ」と思っていた頃の私は、自分のことばかりを考えていたので、彼を愛することをサボっていました。
投影の法則は「鏡の法則」にもたとえられますが、彼を愛していない自分を映していたので、鏡には彼から愛されない自分が映し出されていたのです。
それを見て「あなたは私のことを愛していない」と彼に文句を言っていたのですが、本当は「わたしは彼のことを愛していない」と自分を責めているのと同じだったのです。
いちばん認めにくいのは「愛していないのは自分だった」という投影です。
「愛していない自分が愛されるわけがない」という罪悪感物語のフィルムを上映しながら、彼というスクリーンに映し出していたということになります。
人は愛していない自分を感じると嫌な気分になります。だからつい相手のせいにしてしまう。「愛されていなかったのではなく、愛していなかったのだ。」私が投影の法則から学んだことです。
「人は愛している時に気分が良い」といいますが、それは真実だなと今ならわかるのです。参考になりましたら幸いです。
(完)