「惚れたら負け」は本当なの?
一般的に惚れた弱みだとか、惚れたら負けという言葉がありますね。
確かに僕たちは好きになると、相手の意見や行動を優先してしまうことがあるのかもしれません。
ただ、惚れるということは悪いことではありませんし、人を好きになることはやはり素晴らしいことです。
そこで今回は今回は惚れたら負けは本当なのか、と、その「Next」について考えてみたいと思います。
○好きになった側が依存・好きになられた側が自立
これは1回目の講座に記載した内容ですが、改めて自立と依存についてまとめておこうと思います。
一般的な恋愛では、いわゆる好きになった側が「依存側」・好きになられた側が「自立側」となることが多いです。
平たく言えば、惚れた方が「依存」で惚れられた方が「自立」となるわけです。
また、自立側は「今の関係をリードしていく側、与えていく側、問題を起こす側」となります。
一方、依存側は「相手を受け止める側、合わせる側、(二人の間の)問題を見つける側」となります。
○惚れたら負けは本当?
さて、いわゆる惚れる側と言われると「二人の関係をリードしていく側」というよりは「相手の意見やリードを受け止めていく側」となることが多いものです。
つまり、自立と依存の関係では「依存側」となります。
もちろん依存側にいることが悪いわけではありません。
人の好意や愛情というものは与え手と受け取り手の双方がいて成立するものですから、どちらが欠けてもうまくはいかないものです
ただし、一般的に恋愛においては、自立側・惚れられた側が関係性の主導権を握ることが多くなりやすいです。
このとき依存側は、相手に合わせ、相手のペースの中で過ごす時間が増えてしまいます。
また、どうしても依存側になると立場が弱くなってしまったり、自分の意見や考えが二人の関係に反映されにくい(リーダーシップを取っている側の意見のほうが二人の関係に反映されやすい)という傾向が見られることがあります。
だから、恋愛に勝ち負けという判断をつけることは難しいことかもしれませんが、どこか自分が負けているような感覚を覚えることはあるのかもしれませんね。
また、依存側は「問題を見つける側」という側面があるため、恋愛中に問題を感じやすくなることがあります。
二人の間に問題を発見するとなると、不安になったり気が気じゃなくなったり、とにかく落ち着かないこともあるかもしれません。
このとき、二人で話し合ったり前向きな行動が取れるといいのですが、そうではない場合、どうしても問題を見つけた側だけが不安を感じる状況となる場合もあります。
これは「惚れたから負けている」というわけではないのですが、どこか恋愛の中で不安などを感じやすいという意味で、負けた感覚を覚える人がいるかも知れません。
○惚れたら負けは変えられないかどうか?
恋愛のような自立と依存の関係は、お互いの立ち位置をコロコロと入れ替わりながら進むことが理想的と考えられています。
お互いが場面場面でリーダーシップを相互に取り合い、受け止めあっている関係であるならば、その関係性は良くなることが多いでしょう。
そう考えますと、たとえ相手に心の底から惚れていても、いつも依存側に立っているわけでなければ、弱くなることはないと理屈上は考えられます。
ただ、どうしても人は本気で人に惚れてしまうと、相手の意見を受け入れすぎてしまうことも起きます。つい離れたくなくて相手色に染まってしまう方もいるやもしれません。
それがいい方向に進むならばいいのですが、逆に作用すると切ないですよね。
こんなときは「自分から与えていく」「自分を取り戻す」「自分らしさを表現できるようになる」などを意識すると、自然と相手との関係が変わっていくことが多いですね。
言い方を変えるとしたら「依存の位置から愛することは難しい」ということ。
相手に合わせることが悪いことだとは言えませんが、なかなか自分の本音や愛情などを表現しづらくなり、「私はちゃんと愛せていない」という思いや実感を積み重ねやすくなるとも言えます。
これは特に「ちゃんと愛したい人」にとっては、自己価値を下げることにもつながる場合がありますから、自分らしい自分でいることも重要なことだと言えますね。
(続)
- 彼ともう一度やり直したい。でも連絡してはダメ? 〜自立と依存の視点から〜〜
- 「惚れたら負け」は本当? 〜関係を対等にするために必要なこととは?〜
- 自分の問題で悩み始める自立側の心理 〜自分が許せず悩む人たち〜
- 依存と自立のバランスをとることがよりよい関係につながる