その鎖は誰が作ったの?
観念は「思い込み」「こだわり」「決めつけ」のこと。
自分にとってはそうだけれども、ある人にとってはそうではないかもしれません。でも、自分ではそう信じていることをいいます。あくまでも個人的な考え方や感じ方だといえるでしょう。
たとえば「学歴がないとお金が稼げない」という考えがあったとします。これは思い込みですので、観念です。学歴がなくても稼いでいる人はたくさんいるのですが、観念があると「そういうものだ」「そうに違いない」と信じて疑わなくなるのです。
観念は誰でももっているものですが、自分にとっての「常識」「当たり前」「スタンダード」になりやすく、その観念どおりの人生を生きるようになります。つまりは観念があると、その思い込みが制限となり、その枠のなかに自分を閉じ込めてしまうのです。
観念は自分への制限になるので「心の鎖」と表現することがあります。
みなさんも「すべき、すべきでない」「ねばならない、そうに決まっている」という見えない鎖に縛られて、動けなくなっていませんか?
ここでちょっとイメージしてほしいのです。
観念はまるで心を縛る鎖のよう。小さな鎖が無数に繋がりあって、1本の長い鎖が作られています。観念がたくさんあればあるほど、長い鎖ができることになります。
その長い鎖が、あなたの体のあちこちに巻きつけられています。何重にもグルグルと巻きつけられていて、息苦しさを感じています。その鎖をよく見ると、鎖のひとつひとつにあなたの文字で何かが刻み込まれています。一体なにが書かれているのでしょうか?
まずは、自分がどんな観念をもっているのかを知ってみませんか?
ある意味では、私たちの一日は観念だらけ。朝起きて夜寝るまで、観念に埋もれて生きているといっても過言ではないのです。
男はこうあるべき、女はこうあるべき。
上司はこうあるべき、部下はこうあるべき。
彼氏はこうあるべき、彼女はこうあるべき。
これらの観念がどこで身につくのかをご紹介しますので、あなたの観念チェックをしていきましょう。
◆「私なんて〇〇だから」=日本人気質からできる観念
まずは、日本人特有の気質からできる観念がありますので、チェックしておきましょう。
みなさんは、日本人と聞くとどんなイメージをもつでしょうか?
「思いやりがある、礼儀正しい、協調性がある」とか、色々とあると思います。でもこれは、海外の人から見たら「消極的、人の目を気にする、自己表現しない」と映ることもあるようです。
みなさんもご存知だと思うのですが、日本は「恥の文化」だといわれています。世間体、見栄や外聞というような人の目を気にすることを、恥の文化といいます。
人の目を気にしながら行動をするので、他人軸になりやすい傾向があります。日本人は自己評価よりも他者評価を気にするので、自己肯定感が低くなりやすいともいわれています。
みなさんは、日本人の多くが生まれながらにしてもっている観念は何だと思いますか?日本人が脈々と受け継いできた気質にヒントがありますので、ちょっと考えてみてくださいね。
そう、答えは「謙遜が美徳」というやつです。
日本人は自信ありげにふるまうよりも、「いやいや、私なんて」とふるまう方が好感をもたれるようなところがあるのです。これが日本人の自己肯定感の低さの一因だとも言われています。
自信ありげにふるまおうものならば、「あの人は自惚れているよね。恥ずかしくないのかしら?」と言われかねないのです。そのせいか、私たちは謙遜しすぎるところがあって、自己卑下しすぎるところがあります。
自分を下げて相手をもちあげようとするクセがある人はいませんか?
これも心の鎖である、観念になりうるのです。
◆観念チェックをしてみよう
みなさんは「私なんて〇〇だから」「僕なんて〇〇だから」と、どんな自分を下げるような言葉を使っていますか?
「私なんて頭が悪いから」「私なんて何の取り柄もないから」「私なんて話が下手だから」
はい、私の観念を書いてみました。この思い込みが自分を縛る鎖になり、自分を制限するのです。
さて、観念チェックはまだまだ続きます。チェックをしたあとには書き換えのワークもご用意しています。観念の心理を4回シリーズでお届けしますので、次回をお楽しみに。
(続)
- 思い込み、こだわり、決めつけ、見えない心の鎖を外そう
- 観念はあなたの癒すべき心の傷を教えてくれる
- 親に愛されるために作った観念は、恋愛のルールになりやすい
- 「どうせ自分は〇〇だ」観念から自分を解き放つための実践編