母子癒着、私がなんとかしてあげなきゃを手放す

お母さんのことが大好きで、大嫌いという苦しみ

「なかなか恋ができない」「お付き合いまで発展しない」「短期間で関係が終わってしまう」といった悩みを抱える方は少なくありません。
その背景に母子癒着が隠れていることがあります。
これらは一見すると問題が見えにくいのですが、深層心理においては大きな影響を及ぼしていることが多いのです。

◆母子癒着の実例

たとえば、こんなケースがあります。
「母が過干渉で過保護です。正直うっとおしくて嫌になることもあります。この前なんて、私の机の引き出しを勝手に開けて、日記を読んだ形跡がありました。部屋の掃除も自分でするから大丈夫と言っているのに、勝手に入って掃除をして、物の置き場所が変わっていることがあるんです。そういうのが本当にたまらなく嫌で…」

「そこまで嫌なら、一人暮らしを考えてみたことがあるのでは?」と尋ねると、こんな答えが返ってきます。

「もちろん、家を出られたらどんなにラクかと思うんです。でも、うちの両親はすごく仲が悪くて。もし私が家を出たら、母がひとりになって話し相手もいなくなってしまいます。母にうっとうしさを感じる一方で、かわいそうにも思ってしまうんですよ…」

さらに、「結婚しても実家の近くに住みたいです。できれば同じ市内の人、どんなに遠くても同じ県内の人ぐらいじゃないと」という希望を語る人もいます。

◆母親思いの娘だからこそ陥る心理

母親をうっとおしいと思いながらも、母親のさみしさを知っている。母子癒着の多くは、親想いの娘だからこそ陥ってしまう心理でもあるのです。

このようなケースでは、母親が娘を手放せない一方で、娘もまた母親を手放せないという「母子癒着」の状態が見られます。癒着というのは「相手と自分の境目がなくなるほど、ぴったりとくっついている状態」をイメージしてもらうとわかりやすいです。くっついているがゆえに「相手の感情がまるで自分の感情のように感じられる」という特徴があります。

娘にしてみると「お母さんがさみしいと私もさみしい」「お母さんが嬉しいと私も嬉しい」という状態になるのです。こうなると「私は私、母は母」という状態が保たれなくなり、自分の人生と母親の人生の境界性があいまいになってしまいます。

母子癒着の影響は人生の境界線だけにとどまりません。母親の価値観と自分の価値観の境界線までぼやけてしまい、次第に「自分がどうしたいのか」よりも「母親がどう思うのか」のほうが優先されるようになります。

すると、このような思考パターンが生まれることがあります。
「お母さんが喜ぶ仕事ってなんだろう?」
「お母さんが気に入りそうな男性はどんな人だろう?」

母子癒着の背景には「母親の基準で自分の人生を選ぶ」という習慣が根付いています。たしかに母親が喜んでくれることは嬉しいのですが、自分で選んだ人生を歩んでいるという実感が乏しくなります。

母親の基準で選んだ人生が、自分にとってうまくいっているうちはいいのです。これで正しいと思えるから。しかし、「あれ?こんなはずじゃなかったのに」という出来事が起きたときに、猛烈な怒りが出てくることがあります。「お母さんの言うとおりにしたのに、私の人生うまくいかないじゃないか!」と。

「人は自分で決めたことにしか責任が取れない」といいます。また心理学にはこんな格言もあります。「親のために結婚をすると、自分のために離婚をする」と。これは「親を喜ばせるために結婚をすると、自分を喜ばせるために離婚をすることになる」という、犠牲からの復讐を表しています。

しかし、復讐という言葉にとらわれないでください。これは親離れの儀式で、自分の人生を犠牲にしてようやく解放を迎えるということなのです。しかし、そうしても惜しくないぐらいに母親を愛している娘だからこそ起きることなのです。

◆人生の主導権を取り戻す=自分を愛すること

母子癒着に悩む人にとっては、「自分の人生に主導権を取り戻す」ということが重要なテーマとなります。自分の人生のハンドルは自分で握るということです。

母子癒着はしばし一台の車に例えられることもあります。これから「あなたの人生」というドライブに出かけると思ってください。しかし、運転席にはお母さんがハンドルを握っていて、あなたは助手席に乗っています。

お母さんは言うのです。「さて、どこに行こうかしらね?どこがいい?」と。
あなたは答えます。「お母さんが行きたいところでいいよ。お母さんの好きなところに行こう」と。いえいえ、ちょっと待ってください。これはあなたの人生のドライブなのです。

あなたが運転席に座り、自分でハンドルを握って、行く先を決めなければいけません。あなたが自分で運転をはじめると、お母さんは助手席に座り「ああ、もうしっかり前を見て。ああ、危ないわね。危なくて見ていられないわ。もう、お母さんが運転するからどきなさい!」と言うかもしれません。

そこで、「お母さん、見てて。もう私は子供じゃないの。心配じゃなくて、信頼してほしいな」と言えるかどうか。それは、「お母さん、私はこの人が世界でいちばん大好きで、この人と人生を歩みたいの」と言えるかどうかと同じなのです。

自分の意思をもつことは怖いことかもしれません。それを放棄することで母親を幸せにしてきたからです。しかし、「母を愛したのと同じぐらいに自分を愛することが、人生の主導権を取り戻す」ということなのです。

母子癒着に悩む方は少なくありません。今回の記事が同じような悩みを抱える人の気づきや一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

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失恋からの立ち直り、都合のいい女からの卒業、本気の婚活、浮気や離婚問題を乗り越える、夫婦関係の修復、離婚から再出発など、恋愛&男女関係の相談が多く、恋愛・結婚生活に悩む人の駆け込み相談所的な存在である。 30歳からのうまくいかない恋愛と40歳からのこじれた男女関係の解決を提供している。