私は、カウンセラーと並行して、社会保険労務士業という自営業を15年ほど行っています。企業の総務人事部門と契約して、従業員の労務管理などの相談に乗っています。例えば、協調性のない従業員がいるのでどうしたらよいかとか、退職後の従業員から未払いの残業代を請求されたが、どうしたらよいかなど、様々な相談に乗っています。相談に対応するという意味では、カウンセラーに似ている部分があります。
ある程度の規模の会社になると、従業員の勤務時間、給与などに関する社内規則である「就業規則」というものを作成しなければならないことが、法律で定められています。そのため、私も、企業から「就業規則」の作成を依頼されることがあります。
どんなときに企業から就業規則作成の依頼が来るかというと、
「従業員とのトラブルが発生し、その対応に苦労したために、リスクヘッジの一環として就業規則を見直したい」
という場合が多いです。もうトラブルに巻き込まれるのは嫌なので、就業規則でリスクヘッジできないか、と考える経営者が結構います。
そのようなときに、私は、就業規則作成の仕事が受注できなくなるリスクを冒しつつ、経営者にこう言います。
「就業規則の作成で、トラブルが全て回避できるなんてことはありません」
もちろん、企業側に有利になるような規定を就業規則に盛り込むことは行います。しかし、だからといって、就業規則さえあれば、トラブルが一切発生しないなんていうことはあり得ないわけです。
もしそんな魔法のような就業規則があったとしたら、多分私の年収は軽く1億を超えるでしょう。100%絶対に将来にわたって従業員とのトラブルが起こらない就業規則が本当にあったとしたら、もし大企業なら、1,000万円、いや、1億円出してでも買ってくれると思います。
現実には、そんな就業規則は誰も作れません。どんなにリスクヘッジしても、リスクをゼロにすることは不可能です。
そして、この「リスクをゼロにする方法は存在しない」というのは、仕事でも人生でも、どんなことにも当てはまります。
公務員ならリスクがないかというと、もちろんそんなことはありません。民間企業よりは解雇される可能性は低いとはいえますが、クビになる可能性はゼロではありません。
社会保険労務士として企業の相談に乗るときに、企業の経営者や担当者から、しばしば、
「先生(私)の言うとおりにしたら、トラブルは絶対に起きないでしょうか?」
というように、私に「保障を求めてくる」ことがあります。しかし、絶対に大丈夫なんていうことはこの世に存在しないわけですから、答えはいつも、
「リスクをゼロにすることは出来ません」
となってしまいます。そう私が言うと、相手は不安そうな顔をするのですが、どう考えても、リスクをゼロにすることは出来ないわけです。
でも、実は一つだけ従業員とのトラブルを100%回避する方法があります。それは、
そもそも会社の経営をしない
ということです。つまり、会社の経営をしている以上、リスクをゼロにすることは出来ないわけです。
一つ具体的な事例を出したいと思います。例えば、10人くらいの会社で、社長を含め全ての従業員の仲が良く、会社と従業員とのトラブルはまずあり得ない、という状況があったとしましょう。仮にこの状態でもリスクはゼロではないですが、今の時点では、とても円満に上手く経営できているとします。
会社の経営は順調で、売り上げも利益も増えてきたとしましょう。しかし、売り上げが増えるということは、仕事量が増えるということなので、仲の良い10人だけでは仕事をこなすのが難しくなってきたとします。
そうすると、増えてきた仕事量に対応するために、従業員を新規採用するというのが有力な選択肢になるのですが、従業員とのトラブルを回避することだけを考えてしまうと、経営に必要な要員すら採用しない、ということになってしまうのです。
この会社は、新規採用はせずに、なんとか10人で頑張っていました。しかし、一人当たりの仕事量があまりにも増えてしまったため、ある社員が過労でうつ病になってしまい、長期の休業を余儀なくされてしまいました。
そうすると、ただでさえ大変なのに、1人欠けてしまったため、ついに、顧客への商品の納期を守れなくなってきてしまいました。納期を守らない会社とは取引したくありませんから、徐々に顧客が逃げ始めてしまい、ついに、この会社は倒産してしまいました。
なんだか、本末転倒だと思いませんか?
従業員とのトラブルを回避した結果、会社が倒産してしまったのです。
この話しは、例えば、世の中の全ての夫婦に当てはまります。うちの夫婦も含め、離婚や死別といった、パートナーシップがなくなってしまうというリスクは全ての夫婦にあります。
とても夫婦仲が良ければ、離婚のリスクはほぼゼロといえるかもしれません。しかし、外出する以上、交通事故で死亡してしまうリスクは、現代に生きている以上ゼロにはならないわけです。
離婚というリスクを避ける方法は、この世にたったひとつしかありません。みなさんもうお分かりだと思いますが、その方法とは、はじめから結婚しないことです。
異性に告白するとき、振られてしまうというリスクが必ずあります。仮に上手くいってお付き合いが始まったとしても、絶対に振られないようにする方法は存在しません。そのため、振られないようにするためには、告白しないとか、彼、彼女を作らないということになってしまいます。
こんなリスクヘッジ、意味がないと思いませんか?
しかし、私大塚も含め、人間はどうしても失敗したくないし傷つきたくないので、無意識のうちにリスクを取らない選択をしていることが良くあります。
しかし、そのリスクヘッジ自体が、実は、自分の仕事や人生の幅を狭め、自分を不幸にしているかもしれません。
いつでも、なんでもかんでもリスクを取りましょう、とはいいません。でも、
リスクを取らないことで、なにか自分の幸せに制限をかけていることはないだろうか
と、たまには考えてみてもいいかもしれませんね。
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