確かに、横一線に並んだ杭の中に、一本だけ高く伸びている杭があると、目立ちます。
心情的に、たたきたくもなります。
特に日本では、目立つことは、あまり歓迎されない雰囲気がいまだあります。
変革を起こして、ヒーローになるよりは、事なかれ主義を貫いたほうが、身のためであるという雰囲気もあります。
特に日本文化の中では、ヒーローになって目立つよりも、みんなと同じであることが好まれてしまいます。
ですから、日本文化の中で、変革を起こそうとすると、たたかれる覚悟が必要になります。
「出る杭をたたくなんて、時代遅れ」と言ったところで、その文化がそれこそ変革するには、まだ時間が必要でしょう。
変革を起こすならば、覚悟しましょう。
でも、日本には「おかげさまで」という言葉もあります。
これをうまく使うことができれば、杭が出きってしまうまで、たたかれることが少なるなる可能性が高くなります。
出きった杭は打たれないですからね。
何かで優勝な成績を収めたとき、「私は努力しました!やりました!」と、堂々と言っていいのですが、これが日本文化の難しいところで、「皆さんのおかげで、優秀な成績を収めることができました」と言った方が、受け入れられやすいのです。
それと同じで、何か会社で変革を起こす必要があるとき、おかげさまでという物事の見方や、言葉を使うと、更に出きった杭である権威者から、引き上げてもらえる可能性がありますし、下からは、押し出してもらえるようにもなります。
最近、大関の琴奨菊さんが初優勝しましたね。
琴奨菊さんは、ものすごい努力をされて優勝されましたが、インタビューでは必ず、周りの方々への感謝を口にされます。
そうすると、「やりました!僕の努力で優勝できました!」と言うよりも、何倍も好感を持たれます。
もちろん、琴奨菊さんは、そんなことを計算して感謝を口にされているわけではないですが、これが日本には合うのかもしれません。
優秀な成績を収めたときはもちろんですが、これから何か新しいことを始めるとき、既存のやり方を壊して変革を起こすときも、この方法が日本ではとても受け入れられやすく、周りの協力も得られやすいのです。
逆に言うと、たたかれるということは、「おかげさまで」を伝えることができていないからとも言えます。
その変革案は、自分一人で考えたのかもしれません。
ですから、「誰のおかげではない」と思うかもしれません。
でも、その変革案を発表できるまでに成長する過程では、誰かが必ずサポートしてくれたはずです。
力を競い合ったライバルがいたからこそ、変革案がうまれたのかもしれませんし、「この人のためにより成長したい」と思わせてくれた誰かがいたのかもしれません。
純粋に応援してくれた人がいたのかもしれませんし、落ち込んだ時に励ましてくれた人がいたのかもしれません。
周りを見渡せば、「おかげさまで」と言いたくなる人がいるのではないでしょうか。
その人たちに、おかげさまでを伝えるような気持ちを持って、変革に挑んでいきましょう。
出きるまでは、たたかれないほうがいいですからね。
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