「自分にはムリ」と思う心の向こう側~「ヴィジョン」とケンカするのはやめませんか?~

「私にはムリなんです」。
「私は能力がないから」。
「私はダメなんです」。カウンセリングをしているとこういう悲しい言葉をよくお聞きします。他の人は(「みんな」の時もあれば「みんな」ではない特定の相手のこともありますが)能力があって素晴らしくて天才的だから「デキる」けれど、自分は
「ムリ」。これまでも「ダメ」だったからこれからも「ダメ」に違いない、と仕事に自信はなくとも、この思い込みには絶対的な自信をお持ちです。

でも、本当にそうなのでしょうか?

もしも、あなたが本当に「デキる」人でありたいのだとしたら。
もしも、もう「自分はダメ」とみじめな気持ちになることにウンザリしていて、「変わりたい」と思っているのならば。
もしも、「自分にはムリ」と思うことをやめたいのであれば。

自分はなぜ「デキる」人になりたくないのだろう?

と自分自身に問いかけてみてください。(この場合、「自分にはムリだから」は答えになりません。)

人間ですから、当然、誰にでも得手不得手があります。不得意で努力してもなかなかうまくいかないことだってあります。でも、何かしら、「そこそこできるかも」ということもあるのではないでしょうか。「デキる」とまで自己承認できなくても、「好きかも」と思えることはありませんか?その分野で「デキる」人になりたくありませんか?

「ダメ」で「ムリ」と決めつける前に、どこか「デキる」ところを探そうと思ってみませんか?

ストイックで、得意分野だからこそ完璧をめざして自分にダメ出しをし続ける方もいらっしゃいます。それで一歩一歩前に進めているのであれば、どんどんレベルアップできるでしょう。でも、もし、ダメ出しのしすぎで動けないのであれば、「なぜデキる人になりたくないの?」と自分のココロに聞いてみると突破口のヒントが見つかる事が多いです。ここでは素直になれればなれるほどいいです。

だって「デキる」人って冷たい感じ。
だって「デキる」人ってひとりぼっちでさびしそう。
だって「デキる」人って自分中心で横柄だから。

カウンセリングの現場では、こんな答えがよく上がってきます。

「デキる」人=冷たい。
「デキる」人=ひとりぼっちでさびしい。
「デキる」人=自分中心で横柄。

「自分はムリ」で能力が無いと嘆いていたはずですが、実は、「デキる」人のイメージが悪くて、「ダメ」名自分も嫌いだけど、「デキる」人にもなりたいと思っていなかった、ということが浮かび上がってきます。この他にも、「責任が重そう」とか、「忙しすぎるのではないか」など、ネガティブイメージが強すぎて動けなくなっているようです。

「デキる」し、温かい(優しい)、
「デキる」し、お友達がたくさんいる、
「デキる」し、謙虚、

であってもいいのに、そういうヴィジョンをもとうとしていないのはなぜなのでしょうか。

「これまでそんな人に出会っていないから」、

ですか?

そうだとしたら、ちょっぴり悲しい気持ちになるのは私だけでしょうか。

「自分は『デキる』かどうかではなくて『優しさ(性格、人格)』で勝負するんだ」。

そんな想いが心のすみに隠れてはいませんか。これまでに自分が出会った「デキる」人との間で感じたさまざまな痛みを乗り越えようとするときに、私たちは、「違う土俵で勝負する」「違う物差しを持ち出す」ということをします。それは、自分の個性を承認するという意味では決して悪くはないのですが、自分の自尊心を救うために暗に相手を否定してしまうと、相手のいい資質を自分が持てなくなるというジレンマに陥ります。自分の中の「デキる」という芽を育てられないのです。

「デキる」人になるためには、本当に、優しさや人とのつながりや謙虚さを犠牲にしなければならないのでしょうか。

「デキる」し「優しい」という自分にとっての理想とケンカをするのはもう止めませんか。

自分の心の中で、優しくなかった(温かくなかった、つながってくれなかった、横柄だったなど)「デキる」人への怒りを自覚できたら、その向こう側にある「さびしさ」や「悲しみ」や「不安」にも目を向けてみてください。

そして、こんな想いを人にさせたくないと思った自分の「優しさ」に気づいてくださいね。この「優しさ」を褒めて褒めて大きく育てて、いっぱいの「優しさ」で、「デキる」けれど未熟なところもあった人を許してください。

「デキる」し「優しい」人は、そんな大きな優しさの持ち主なのです。

そんな大きな「優しさ」はもてません、「ムリです」と言いたいですか。

でも、そんな「大きな優しさの持ち主」こそが、もともとあなたの目指したところではなかったのでしょうか。

他人を許すことは、その人のいい資質を自分なりに使うことを自分に許すことでもあります。とことん「優しさ」を追求して人を許すことで、(何かについて)「デキる」人にもなってしまう、というカラクリに気がつくと、「人を許すのも自分のため」と言われることも合点がいきます。

「自分にはムリ」と思ってしまうとき、何を「ムリ」だと思っているのか、ちょっと立ち止まって考えてみてくださいね。もしかしたら、あなたにとって一番欲しいもの(才能)を封印しているのかもしれません。

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