部下(後輩)にもっと尊敬されたい

年度初めは、新入社員が入社してくるなど、何かと異動の多い時期です。働き続けていれば、部下や後輩を持つ、あるいは人を雇い、使う立場になる人もいるでしょう。後輩が入ってきたとき、果たして自分は後輩たちに「先輩」として敬意をもって尊重してもらえるのだろうか?言葉にこそしなくても、密かにそんな不安を感じた人も少なくないのではないでしょうか。「先輩」でありながら後輩の信望があるとは思えずに、とるべきリーダーシップをとれない。あるいは、不本意にも、「威張り屋」「パワハラ上司」の汚名をかぶってしまったという残念な人もおられるでしょう。今日は、もっと部下(後輩)に尊敬されたいと願う先輩たちのための「ランク」と「パワー(力)」の話です。こんな勘違いをしていませんか?

役職についたら尊敬される。「役職」は「役割」の一つで、組織の中で一定の決断を下し、その結果責任を負うという役回りを指します。「役割」に対して敬意を払うのと、人として尊敬するのは違います。人として尊敬できる人が「役職」という役割を担っている場合は、部下は「権威のある人を尊敬したい」という気持ちに葛藤が生じないので楽ですし、上司も仕事がやりやすいものです。ところが、実際には上司といえども部下が期待するほど立派な人間であり続けられるわけでもありません。上司という役割を担った人が、「役割を果たす能力」と「(部下から)尊敬される人としての資質」のいずれか、もしくは両方を欠いているとき、部下の心の中では葛藤が生じて本人はその意図がなくてもどこかで上司からすれば失礼だと感じられるような言動をとってしまうこともあります。役職についたから尊敬されるのではありません。役割をどう果たしているかで尊敬を勝ち得るのです。「べき」論で部下の言動を批判することはできても、敬意を強要することはできません。

優しいとなめられる。役職にあるのに部下から(上司が)期待するような敬意を得られないとき、自分の「役割を果たす能力」や「(部下から)尊敬される人としての資質」を省みることなしに、「自分はなめられた」と感じて憤る上役を見かけることがあります。そして「なめられない」ために、ことさらに威圧的に振る舞う人もいそうです。でも、ここにも誤解があります。上司としては、自分の優しさを部下が逆手にとって増長したと感じるのですが、部下が反応したのは「優しさ」というよりは、上司が隠している(時には自分でも気づいていない)上司自身の無価値感だったり、自己価値の低さであることが多いようです。

自分の弱さを自覚するとパワーを受け取れる

自分の無意識は、自分ではわかりません。自分の意識のないところで働いている心を言うからです。ところが、言葉尻やちょっとした目の動き、手足の仕草に自分が無自覚に感じている気持ちが表現されることがあります。向き合って話している相手が胸の前で腕組みをしていると、しっかりと聞いてくれているのに少し距離感を感じて緊張しませんか?相手が自分の心を守ろうとしている緊張が伝わるようなのです。

私たちは、自分が何者であるかを社会的な地位や立場(社会的ランク)を使ってわかろうとします。それは、間違いなく私たちのアイデンティティの一部なのですが全てではありません。でも、社会的ランクはわかりやすい物差しなので、自分に自信がもてないとついこのランクに寄りかかって「私って○○なんだ!」と思うことで自分の心を支えようとします。自分に価値がないと思いたくないばかりに必死になってハードワークをして社会的地位を得ようとする人もいます。心理学ではこれを補償行為と言います。

ところが、自分がいくら頑張って社会的ランクを手に入れて、自己イメージをその社会的ランクと重ね合わせようとしても、心の深いところで無価値感を抱えていると、それが言動に無自覚に現れます。そんな「自分は価値がないんです」というメッセージが、「上司らしくしなければ」と頑張っている姿とともに部下に伝わります。心理学ではこれをダブルメッセージと呼びます。

「上司だぞ(だからそれらしく扱って)」(意識のメッセージ)と「自分は無価値です」(無意識のメッセージ)というメッセージを同時に受け取ると部下はどちらに反応したらいいのか混乱します。そして「上司に対しては敬意を示さなければ」と意識のメッセージに反応しようとしながら、「価値がない」という無意識のメッセージに、これも無意識に反応して相手を「価値の無い」もののように扱ってしまいます。この無価値感が上司本人に自覚されていなければいないほど、それを表現したいという欲求がまわりの人たちに出てくるので、つい誰かがその無価値感を刺激するような言動をしてしまうということが起こります。

もともとこの無価値感を感じたくなくて、社会的ランクを手に入れようと頑張ったのですから、そんな上司にしてみれば煮えくりかえるほど腹立たしい話で、「バカにするな」と怒鳴り散らしたくなるものです。ところが、こういうやりとりはお互いにあまり自覚のないコミュニケーションの結果であることが多く、社会的ランクがある分だけ上司は「パワハラ」「威張り屋」などの不名誉なレッテルを貼られやすいものです。

では、どうしたら「なめられず」にパワーを手に入れることができるでしょうか?隠れた無価値感、自己価値の低さが悪さをしているのだとしたら、それを明るみにさらすことで問題は扱いやすくなります。お化けは見えないときが一番怖いのと同じで、無価値感も本人が自覚していないときに相手は一番それを感じてしまうのではないでしょうか。

「いやぁ、自分も怒りっぽいから」、
「私はせっかちだから」
「おっちょこちょいなところがあるからね」
と、上司が自分の不徳をある程度認めてくれると、部下もダブルメッセージから来る混乱から解放されて、上司の社会的ランクに対して素直に敬意を示すことができます。

逆説的ですが、自分の弱さを認めることがパワーを受け取る近道になるのです。

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