「優しすぎる」上司のお話を伺っていると、従業員のニーズを聞いてあげなくては、という想いがとても強いように感じます。「何故、そこまで相手の話を一方的に聞かなくてはならないのでしょう?『この会社で働いていただいている』側面もあるかもしれませんが、『仕事を提供してあげている』のですから、従業員に、『こうして欲しい』と経営者が要求していいはずなのに」と率直な感想をお伝えすると、多くの方が、「あぁ、自分の作った会社は『いい会社だ』と従業員に言ってもらいたかったのだ」と言われます。
誰だって他の人に「いい人だ」と思われたいです。私もそう思っています。だから、人のためになることをしたいです。役に立ちたいです。お役に立てれば、相手が「いい人だ」と思ってくれる確率は高くなりますし、何よりも自分が「いいことをした」と自分にOKを出しやすくなります。この自分にOKを出す感覚を、心理学では「自己肯定感」と言います。
基本的に、相手のニーズを受けとめようとする行為は、自分の「自己肯定感」を上げることに役立ちます。組織の中で心理的にいい循環が起きているときは、部下はニーズを受けとめてもらい安心感を手にし、ニーズを引き受けた上司も「いいことをした」と自分に満足できます。ところが、上司の「自己肯定感」が不足していると、部下のニーズをたくさん引き受けなければ、なかなか「いいことをした」と思えないようです。ついつい部下のニーズを引き受けすぎてしまうのです。
こうなると心理的な循環のバランスが崩れ、上司はますますみんなの問題を全て自分が背負わなければならないように感じます(心理的な「自立」の位置に立たされる)し、逆に自分のニーズを引き受けてもらっている側(部下、従業員)は、どんどん甘える気持ちが強くなり、自分で何とかする力を失うように感じます(心理的「依存」の位置に立たされる)。
相手のニーズが膨らみ、それをぶつけられる上司も大変ですが、実は、この時、ニーズをぶつけている部下も、自分の中から溢れ出す「助けて!なんとかして!」という切羽詰まった感情に歯止めをかけられない状態が「不安」で、「怖い」と感じています。自分にはどうにかできる「力」がない、そんな「無力感」を感じるのはとても「怖い」ものです。
上司を攻撃してしまう「不安」や「怖さ」の本当の理由が、「自分にはなんとかできる力がない」という「無力感」だとしたら、表面的な攻撃理由である「あれをしてくれない」「これをしてくれない」にいくら対応しても、部下からの攻撃は収まりません。部下が、問題を自分で解決できるという「自信」をもてるように援助することが必要になります。
それには、上司が、部下の問題を安易に解決してあげない、ニーズを全て引き受けないという態度が大事になります。ニーズを理解すること、受けとめることと、それを解決すること、全て引き受けることは違うのです。
部下が上司にどう思われるか気になる以上に、上司は部下にどう思われるかが気になるものです。率直に聞くこともできず、客観的に自分が部下にどう思われているかを測る術もそうはありません。部下以上に「孤独」で、どう思われているかが「怖い」からこそ、「助けない」「ニーズを引き受けない」という選択ができません。
自分に「自信」がもてないとき、つい相手(この場合は部下)に承認を求めたくなるのは人情です。上司は、部下のニーズを引き受けすぎることを通じて「自分を承認してほしい」というメッセージを、無自覚ですが、出しているかもしれません。それを無意識ながら受け取った部下はますます不安になり、批判や要求をエスカレートするという負の循環に陥るという見方ができます。
部下に「これはこうするべきもの。あなたにもできる」と伝え、部下の責任能力に信頼をおくためには、上司は自分の「孤独」や「怖れ」と向き合うことが求められます。上司も人間ですから、これを分かち合える独自のコミュニティや人間関係、コーチなどをもつことが望ましいと言えます。
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