桜の園

桜の季節ですね。
さくら開花予想によると、このコラムがアップされる時には、ちょうど東京の桜が満開のようです。
この季節になると、私は必ず思い出す本があります。
漫画家の吉田秋生さんが描かれた漫画「桜の園」です。
もう、20年以上も前に描かれたものなので、今読み返すと、時代の移り変わりを感じますが(制服のスカートが長い、携帯電話がない等)内容は今でもとても新鮮で素晴らしいと思います。
私は、幼い頃から運動が苦手で、おのずと室内での遊びに没頭することが多かったので、「男らしさ」から縁遠いと感じていました。
男らしくない自分にとても劣等感を抱いていたし、長男で家の期待を担っていたこともあって、そのことにとても苦しんできた思春期でした。
そんな時に、妹が読んでいた少女漫画をたまたま読む機会があり、その世界に描かれた当時の少年漫画にはなかった(というより私が気がついていなかっただけですが)、繊細な心理描写に心を奪われた記憶があります。
それからは、少年漫画やアニメなどに熱中する一方、少女漫画の世界にも熱中していた思春期でした。
そこには「男らしくない」自分に対して、「男らしさ」に憧れて少年漫画を読み、「男らしさ」では表現できない、繊細で柔らかい女性性に憧れて少女漫画を読むという、二つの心を同時に満たしたいという欲求があったように思います。
当時の私にとって、この二つの全く違う感覚は、身を引き裂かれるような苦しみでした。
男なのに、繊細で柔らかい感覚を持ち合わせているなんて。
男なのに、力強さよりも繊細さに心惹かれるなんて。
男とは、こうあるべき。
女とは、こうあるべき。
心理学を学んだ時、これが「観念」という心の働きで、「こうあらねばならない」といった環境等から自分が作り出した思いであり、自らが自らの心を縛っているというものであることを、初めて知りました。
この観念によって、私は、自分を「男らしくない」のは「男ではない」と判断してしまい、苦しくなっていたのです。
また、心理学では、女性性と男性性というものの見方があります。
男性性は、力強さ、責任感、与えること、リーダーシップ等を。
女性性は、柔らかさ、繊細さ、受け取ること、美しさ等を。
優しさや包容力といったものは、どちらにもあって、一般的に母親をイメージさせる女性的な優しさ・包容力もあれば、同じように父親をイメージさせる男性的な優しさ・包容力もあります。
これは、一見すると女らしさ、男らしさと見られがちですが、
責任感が強い女性もいますし、柔らかい物腰の男性もいます。
女性だから女性性しか持っていないとか、男性だから男性性しか持っていないというものではなく、心の状態やバランスを表すもので、どちらも女性・男性が必ず持っているものといわれるものなんですね。
こうしたバランスに善し悪しはなく、人それぞれであり、このバランスこそが、その人の個性を作り出していくものなんです。
そうしたことを知らなかった私は、長く、自分の中の男性性と女性性のバランスに苦しんでいました。
心理学を学んで、そのことを知った時、やっと長い間自分の中で葛藤してきた気持ちが解放されたと感じたことを思い出します。
私にとって苦しみのもとだった、こうした繊細さや柔らかさは、実は、自分を作っている大切な個性でした。
この部分を受け入れて認めてあげることができた時、同時に、自分の中の男性性である力強さやリーダーシップも開花させることができるようになりました。
心の中にある潜在意識には、表面意識で区別しているような善し悪しという判断がありません。
心を閉ざしていると、良いところも悪いところも全部、閉ざしてしまうことになります。
男らしくないから、隠さなければ、との思いは、女性性と男性性の両方の良いところを隠してしまっていました。
心を開いていくことができた時、今度は、隠れていた良いところの両方が表に出てきたのです。
その結果、リーダーシップが取れる上に、繊細で柔らかい、と評されるようになっていきました。
「桜の園」を読むと、当時の苦しかった自分のことを思い出します。
同時に、こんなに繊細な物語に素直に涙していた自分の感性を、改めて褒めてあげたくもなります。
こんなことを思い出していたら、以前に記事に書かせていただいたことのある、佐野藤右衛門さんという有名な造園家の方が語っておられた、桜を見る時は「必ず、花の下に入ってみて欲しい」という話を思い出しました。
その理由は、花は太陽に向かって上向きに咲くけれど、桜の花は全部下向きに咲く。
だから、木の下に入って桜を見上げると、花全体に包まれるような感じがするのがいいのだ、というお話でした。
 
実際に桜の木の下に入ると、本当に桜の花に包まれているような感じがします。
その安心感や温かさ。
この包まれた感じは、女性的なものなのか、男性的なものなのか、と考えてみると、答えは「どっちだっていい」と思えてきました。
自分を温かく包んで見つめてくれているような感じ。
それを感じるのは、私の心ひとつ。
それだけでいいじゃないか、と改めて思ったこの春でした。
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

名古屋を軸に東京・大阪・福岡でカウンセリング・講座講師を担当。男女関係の修復を中心に、仕事、自己価値UP等幅広いジャンルを扱う。 「親しみやすさ・安心感」と「心理分析の鋭さ・問題解決の提案力」を兼ね備えると評され、年間300件以上、10年以上で5千件超のカウンセリング実績持つ実践派。