犠牲と与えることの違い ~ふたりの関係が燃え尽きてしまう前に~

パートナーシップにおいて、何年間もずっと同じ役割をしているとしたら、それは危機的状況なのかもしれません。

口には出さないけれど、水面下では、もういっぱいいっぱいになっているのかもしれません。
パートナーシップは車の両輪のようなもの。「依存」と「自立」の役割を出来るだけ早く交替しながら回していかないと、やがては癒着と犠牲感で辛くなってしまいます。

痛みのドラマが起きるその前に、本当の気持ちに向き合っていく機会を作りませんか?
デッドゾーンの末期では、”幼な子”のようなあなたをもう一度取り戻し、愛をたっぷりと受け取ることが鍵。
人間関係を長い目で見た時には、自分自身の内面とつながる在り方こそが、パートナーと周りの人たちへの最大の贈り物になります。

今回は彼氏のお母さん役をやっているという女性からのリクエストにお応えしています。
「役割」を手放して、パートナーシップの新しい第一歩を踏み出しませんか。

◎リクエストを頂きました◎
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彼は私といるときだけ子供のようになります。
ただし、私といても一緒にテレビを見ていたり何か話しているときは普通の大人です。

でも私が料理をしたり本を読んだりしてひとりの世界に入るときなどに、彼は子供のように振る舞います。

ほかには、私に抱きしられるのは大好きですが、私を抱きしめるのは不得意なようです。イヤそうではないですが僕がしてほしい、となります。

またほかには、私がじっと目を見つめると恥ずかしそうに嬉しそうにはしますが、まともに私の目を見ることができないようですぐ目をそらしてしまいます。

いろいろ本を読んだりして、これは彼の幼少期の問題が解決していないからだろうと一生懸命優しく癒そうと思うのですがかれこれ5,6年は経っているかな…。

いつまでかかるのか、また本当の母親ではない私では癒すことができないのか、もし一般的な答えがあるなら教えてほしいと思っています。
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リクエストをありがとうございます。
担当させていただくのは多田陽香です。どうぞよろしくお願いします。

ご依頼者の方はこれまで、彼のことをたくさん受け入れてあげたのですね・・。
彼はとても幸せだったでしょうね。同じ女性として、素晴らしいと思いました。

かれこれ5、6年とのこと。長い間、お二人はこの関係で続いているようですね。

一般的なお話になりますが、パートナーシップの道中では、「役割の交替」が起きてきます。

依存側だった人が、自立側になり、くるくると立場を繰り返すことにより、お互いが成長します。
そうして絆が深まるにつれて、それぞれが成熟・成功してゆくのです。

5年もお母さん役ばかりやっているとしたら、自分の依存やケアは誰がするのかという話に当然なってくると思います。なかなか変わらないとしたら、パートナーシップが癒着傾向にあるのかもしれません。

癒着というのは「しがみつき」のことですが、怖れの気持ちから生まれるものです。この怖れを解消していかないと、さまざまな問題が二人の間に持ち込まれるようになってきます。

パートナーシップは二人が創りだすオリジナルの世界でもありますから、一般論でこうしなさい・ああしなさい、というようなお話ではないのですが

こうしてご相談してくださること、そしてその文面から私が感じるのは、ご依頼者の方が、心のどこかでは、とても我慢されてきたのかなということです。

どうしてこんなに長い間、お母さん役を引き受けてあげたのか・・これが一番気になるポイントです。

より専門的に深層心理を見ていくとしたら、ご依頼者の側の「インナー・チャイルド(内なる子供)」が鍵を握っているのかもしれません。

もし、子供時代に親からの十分な注目や承認、共感をもらえなかったとしたら、

大人になった私たちが、パートナーに対して「とても面倒見の良い人」になる可能性は大きいのです。

「補償行為」と言って、無自覚な自分の心の空洞を、パートナーや子供、仕事、あるいはペットやぬいぐるみ等を使って埋めてゆく行為なのですが、これをやっているとしたら、一時的な慰めにはなるのですが、延々と「役割」が続くだけで、ご本人のハートは本当には満たされないのです。

また、「犠牲」と「与えること」は似ているようで、まったく違います。
本当に与えると、与えた側はとても満たされ、より若々しくなってゆく感じを受け取ります。

与えれば与えるほど、感謝と喜びが増し、人生の価値がアップし、身体的にもとても元気になるのですが「与えた分、返してくれないの?」と不満に感じ、枯渇したように感じる場合には、与えているのではなく「犠牲」になっているのです。

犠牲とは、こっそり隠れて奪う気持ち、そして無自覚なことがほとんどですが、上か下かという競走意識から成り立っています。

相手との対等性やパートナーシップがもたらす親密さを欲しいと渇望しながらも、どこかで愛を受け取ることを怖れているのです。

与えることや受け取ることをせずに「犠牲」の役割をやり続けると、疲れて燃え尽き、2人とも失敗してしまいます。

ご依頼者の方が、もし何年間も痛みを感じていなかったとしたら、
自分のことは数に入れない、デッドゾーン状態が当たり前のようになっているのかもしれません・・。

もしかすると、彼と出逢うずっと前から感情の麻痺があり、痛みを誤魔化さなければならなかった人生なのかもしれません。

滞ったような関係に身を置いているな・・と気付かれたら、自分自身を大切にする意欲を持つときなのです。

まずは、ただ自分を大切にしてあげたい、と決めることです。
そして、この機会を使って、本当の自分自身を取り戻すと心に決めましょう。

キーワードは、「受け取る」ことです。

あなたが今まで諦めてきたこと、受け取ってこなかったこと・・そこに着眼してみましょう。

私たちは大きく受け取ることを怖がってしまうあまり、慰めや誤魔化しに甘んじるときがありますが、そこに耽溺すると人生は膠着し、ますます動きにくくなってしまいます。

もし大きな感情を否認し続けている場合には、やがては決壊してしまいますから、カウンセリングなどの安全な場所を使って、これまで感じてきたことや我慢してきたことを、たくさん表現してみてください。

ご依頼者の方はきっと多くのことを乗り越えてこれまで頑張って来られたのですから、このまま諦めるのは、とてももったいないと思うのです。

たくさん愛されるにふさわしい方だと私は思います。

また、受け取ることの価値を、たくさんの人に教えてあげることができる方だと感じます。

どうかご自身の感情を大切に、そして、より喜びの多い方へ進んでいかれますことを、お祈りしています。

ありがとうございました。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

対人関係、恋愛、個性、才能、感情の問題など、様々なお悩みに対応するベテランカウンセラー。 深い意識を熟知し、問題を根本解決へと導く。 世界各国で長年にわたり精神世界を学ぶ一方、大手芸能事務所の番組制作協力をワンクール担当する等、豊かな感受性を生かしてカウンセリング生活を楽しんでいる。