カウンセリングでお母さんとの関係の話をお聞きすると癒着ということことがテーマになることがあります。お父さんとの関係よりもお母さんとの関係のほうが癒着状態になっていることが多いように思います。
幼い子供のころはお母さんと近い距離で多くの時間を過ごすプロセスを通るからなのかもしれません。近い距離で長い時間を過ごすだけに癒着ということに気づきにくい存在になっていることがあるのです。
癒着が起きやすく、起きていることに気づきにくい距離
第1回で幼い子供のころはお母さんと近い距離で多くの時間を過ごすことになるが多くなるということを触れました。
近い距離で多くの時間を過ごすだけにお母さんとの関係で癒着という状態が生じることがあります。
カウンセリングで癒着の問題を扱うことがあるのですが、お父さんよりもお母さんとの関係で癒着状態が起きていること圧倒的に多いです。
このお父さんよりもお母さんとの関係のほうが多いというのは、幼い子供のころはお母さんと近い距離で多くの時間を過ごすプロセスを通るからなのかもしれませんね。
ここでいう癒着とは心理的に自分と相手の距離がくっついてしまうくらい近くになることです。
そのことで自分と相手の心理的な境目が曖昧になってしまいます。
心理的な癒着状態にあると相手の悩みをまるで自分の悩みのように感じてしまったり、相手の価値観と一緒で無ければいけないように感じてしまったりという感じ方をしてしまうことがあります。
もともと母子一体からお母さんとの関係が始まり幼い頃は非常に近い距離で関わっていくのでこの近い距離感がお母さんとのいつもどおりの距離感となります。
近いということがいつも通りの距離感ということは、すなわちそれが当たり前であり、普通の状態と思うわけですね。
その為、この当たり前である近い距離感が継続的に続いても(大きくなってからも近い距離のままでいても)、更に近くなってもそれほど違和感を覚えにくいものです。
近い距離であることが当たり前であり更に近くなっても違和感を抱かないないわけですから癒着状態であっても、それが癒着しているということに気づきにくかったりするんですね。
カウンセリングで「お母さんとの関係が癒着状態になっていませんか?」と指摘されて「そういわれると・・・そうなのかも」と初めて癒着していたということに気づかれる方も少なくありません。
最初から近い距離感のからスタートしているからこそ気づきにくいんですよねー。
癒着はいけないこと?
「癒着しているといけないんですよね?」とご質問をいただくことがあるのですが、そうではありません。
癒着状態になっていることが悪いということではないのですが、癒着状態になっていることにより問題が生じている時は癒着状態を解消していくことがテーマとなるわけです。
例えば、心理的癒着が起きていると自分と相手との心理的な境目が曖昧になってしまい相手の悩みが自分の悩みと感じてしまうことがあります。
お母さんが悩んでいることがありと、そのお母さんの悩んでいることが気になりすぎて心が乱れてしまうようなことが起きることがあります。
そしてその悩みを解決してあげなければという気持ちになりすぎることもあります。
『お母さんの悩みだからどうしていくかはお母さんにまかしておこう』や、『悩んでいることを気にとめてあげるけど今は見守ってあげよう』というように軽く思えない感じです。
このように癒着状態であることで心が乱れてしまい苦しくなるなどの何らかの問題が生じるようならば癒着状態を解消することがテーマとなるわけであり、癒着=いけないことというわけではないのですね。
もし癒着状態に気づきそれが問題を作っていた時は自分とお母さんを分けて考えてみることを意識的にしていきましょう。
先ほどのお母さんの悩みを自分の悩みのように感じ心が乱れてしまう例えの場合だと『これはお母さんの問題だから気にはなるけど自分が苦しむまで気に病むことはいらないないんだ』とか『できることは援助するけどこれはお母さんの問題だから私がなんとかしてあげなければと思いすぎなくてもいいのだ』などのように考えてみるんです。
自分とお母さんは別個体であり、別人生であり、お母さんの悩みを自分の悩みとして抱え込むことはいらないのだなどと自分とお母さんを分けて考えてみることを意識的にしていくのです。
そうやって曖昧になっている自分とお母さんとの心理的な境目を区別していけるようにしていくんですね。
二人の境目が曖昧なっていることで心が乱れてしまうのはつらいこですからね。
それにはまずは自分とお母さんの境目があいまいになっていることに気づくことも大切です。
境目が曖昧になっていることが意識できると別物と考えていかなきゃなぁということも意識しやすくなりますからね。