人から何かをしてもらうのがこわいという場合、背景には「自分が相手の迷惑になるのがこわい」というケースと、「相手に同等のお返しをしなきゃ」と負担を感じてこわくなるケースとがあるようです。
自分のこわさを離れて、相手の気持ちを考えてみましょう。相手が純粋に「してあげたい」という気持ちであなたに何かをしてくれているのなら、あなたが遠慮して善意を受け取らないのは、相手をさみしくさせていないでしょうか。
あなたが受け取ってくれることが相手の喜びだったとしたら。あなたのために何かすることに相手が自分の存在意義を見出しているのだとしたら。あなたが相手の善意を受け取ることは、相手に喜びや存在意義を与えることになります。受け取ることは奪うことではありません。受け取ることで相手に与えられるものがあるのです。
相手の善意に感謝を伝えながら、お互いにとってよりよい関わり方ができるようにコミュニケーションしていきましょう。
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今、周りの人(親や主人)から自分が何かをしてもらう事について(相手にとって身体的や精神的に負担になるのではないかという)怖れを感じています。
特に親が健常者であれば、そんな怖れは感じないのかもしれませんが、それなりの負担があると分かるため、どうしてもこの怖れから抜け出す事が出来ません。
やはりこれは「なんとかなる」と前向きに考えるしか抜け出す方法はないのでしょうか?
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人の善意を受け取れない理由
「相手にとって負担にならないだろうか?」と考えることは、思いやりのある素晴らしい行為です。しかし、度を越して心配が強くなってしまうと、人間関係が苦痛になることがあります。
自分が何かをしてもらうことが相手の負担になっていると思い、まるで自分が迷惑をかけているように感じてはいないでしょうか。自分のせいで相手が大変な思いをしていると考えて、「お願いだから私のために何かしようとなんてしないでほしい。」と思ってはいませんか。
「私のせいで…ごめんなさい。」と感じやすいタイプの人は、自分が人の迷惑になってしまうのを極端に怖れる傾向があると言われています。迷惑になっていると感じるのが辛いので、人の善意を受け取れないことがあるようです。
また、人から何かをしてもらうことに恐怖を持つのには、「同じように自分も相手にしてあげなければならない。」「自分は相手と同じようにはしてあげられない。」と感じている場合もあるようです。
こちらのタイプの人は、例えば、誕生日プレゼントをもらったら、お返しに相手の誕生日にあげるプレゼントのことを考えて気が重くなったりすることがあります。
何かしてもらうことが「同等のお返し」を要求されるように感じるのだとしたら。相手の気持ちに応えられない自分を感じて嫌な気持ちになるのだとしたら。「私のために何もしないで。」と思うのではないでしょうか。
「人の迷惑になるのがこわい」「要求に応えられないのがこわい」、どちらのタイプも自分が感じる気持ちが人の善意を受け取れない理由になっているようです。心理的に負担を感じているのは、相手ではなくて自分なのかもしれませんね。
相手の強さを信頼し尊重する
ちょっと自分のこわさを横に置いて、相手の気持ちを考えてみましょう。
相手は「本当は迷惑だけど、私の子供(パートナー)だから仕方がない。」「してあげた分はきっちり返してもらうからな。」という思いで何かをしてくれているのでしょうか。
むしろ、「親(パートナー)なのだから、これくらいはしてあげたい。」「あなたに喜んでほしい。」「あなたを助けたい。」といった見返りを求めない気持ちで何かをしてくれているということはありませんか。
もしかしたら、相手にとっては肉体的・経済的に少しがんばってしてくれていることかもしれません。でも、がんばってでも「してあげたい」からしてくれているのだとしたら。何かをしてあげられることが喜びで、自分の存在意義を感じられるのだとしたら。相手の善意を遠慮するのは、逆に相手を悲しませることもあるでしょう。
例えば、あなたが相手のことを考えて料理を作ったとします。相手が「こんな負担になることをしなくていいのに。」と言ったら、あなたはどう思うでしょう。人によっては、自分が相手を思う気持ちを拒絶されたように感じる人もいるかもしれませんね。
もし「料理を作るのは大変だったでしょう。ありがとう。美味しいよ。」と言ってもらえたとしたら。あなたは気持ちを受けとめてもらえたように感じるし、がんばりが報われたと感じられるのではないでしょうか。
善意を受け取ることが相手の気持ちを大切にすることにつながるでしょう。時には「甘えることが親孝行」「頼られることが幸せ」になりえるようですよ。
あなたのために何かをしようとしてくれる人ならば、憐みや同情をうけたり、弱いものと扱われたりするのを好まないのではないでしょうか。私達は相手を心配の対象にすることもできますが、相手の持つ強さを信じて尊敬や感謝の存在にすることもできるのでしょう。
相手の善意を受け取ることで相手に与えられるものがある、受け取ることは偉大な行為なのです。「人の迷惑になるのがこわい」「要求に応えられないのがこわい」という自分のオソレと、あなたのために「してあげたい」という相手の思い、どちらを大事にしたいでしょうか。
気持ちでコミュニケーション
自分のことは自分でしようと自立的に生きてきた人ほど、善意を受け取るのが苦手なようです。これまで「誰かに甘えてはいけない」「人を頼ってはいけない」と、ずっと一人でがんばらなければならなかったのかもしれませんね。これからは受け取ることで与えていくという方法を取り入れていってはいかがでしょうか。
「相手の負担になるのでは?」とこわくなるなら、相手に尋ねてみましょう。「私のことを考えてしてくれるのは嬉しい。いつもありがとう。だけど、あなたの負担になってしまわないかが私は気になるの。無理していない?」といったように。
親世代は、子供世代の価値観とは異なるやり方で子供を気遣うものです。望む形で何かをしてくれないこともあります。親の気持ちを尊重しながら、辞退したいことはお断りする、受け取ることで与えられることは素直に甘えるなど、コミュニケーションしていきましょう。
(完)