あなたが情熱を抑圧してしまったのも、何もお母さんが感情的だったり、厳しかったからだけではありません。
実はそこにも「愛」があったのです。お母さんのことが大好きだから、子どもは頑張ります。笑って欲しいから、我慢だって何だってするのです。
そうして、愛情の裏返しとして抑圧を重ねた結果、私達は何かを演じるようになってしまったのです。
●愛のために。
子どもって感受性が豊かですし、決して、どんな親でも嫌いにはなれません。
だから、そんな厳しいお母さんや、感情的なお母さんを一生懸命“理解”しようとします。
「お母さんは私のために言ってくれてるんだ」
「お母さんは辛いことがたくさんあるから、私くらい言う事を聞いてあげなきゃ」
そうして、自ら望んでお母さんの言いなりになってしまうことだってあるんです。
お母さんのことが大好きだから。
お母さんに笑って欲しいから。
お母さんに喜んで欲しいから。
本来持っているその情熱を使って、いい子になります。苦しくても。
犠牲だって、我慢だって、お母さんの笑顔のためなら平気なんです。
夢を見ます。
にっこりわらって『いい子にしてたね』って頭を撫でてくれる日を。
でも、その我慢も時間が経てば「普通」になります。
我慢していることが当たり前になって、自分でもそのことに気付かなくなります。
そして、その結果、周りの顔色を伺って自分の意見を抑圧するようになったり、自分がしたいことを我慢して周りに合わせるようになるんですね。
情熱の女(男)は、抑圧の力も強いんです。
なんせ、情熱的に抑圧するわけですから。
今シリーズではお母さんの影響をお話しましたけれど、それは一例で、例えば、日本という国では、自分の感情を抑えて周りの人を立てたり、あまり自分を表に出さないことをよしとする風潮がありますよね。
今もそういう意識の強い地域もあるでしょう。
そうすると、成長する過程で、自分の感情を表現することは自分勝手なことのように思えて、周りに合わせて、自分を殺す、そんな行動パターンを身に着けてしまうことも少なくないようです。
●何かを演じる私達
そんな情熱の女(男)は、自分らしさを殺して、何かを演じているわけです。
いわば分厚い仮面(ぺルソナ)をかぶって生きているようなところもあって、私がお会いする方の中には「ほんと女優ですね」とつい呟いてしまう方も少なくありません。
でも、プロの女優さんには台本や設定があり、撮影や舞台が終われば、その役柄を抜くわけですが、抑圧された情熱の女に千秋楽はありません。
常に演じ続けているわけですから、そのストレスたるや、相当なものです。
でも、その情熱のほんとうの源は、その「愛」なんですよね。
お母さんのことを愛しているから・・・そもそもこの抑圧は始まったわけです。
それが気がつけば、「気を使う」「抑圧する」という形だけが残ってしまったようなものなんです。(でも、愛は無くなったわけじゃなくて、奥底にもぐってるだけで)
仮面を外して、本来の私、ありのままの私で生きたいですよね?