最近、品質の優秀さを誇った日本の企業で品質問題が頻発しています。
とても残念なことだと思いますが、そうなってしまう土壌が理解できないわけではないなぁと思っています。
私は、メーカーに勤務していたことがありました。
その時に技術管理の仕事をしていた時期があり、社内の技術管理のルールを明確化して品質マネジメントを行う ISO 9001や、企業の環境負荷管理をマネジメントする ISO 14000、製品の化学物質を管理するRoHS指令対応など社内ルールと関わる様々な業務に携わりました。
社内のルールを作る時に、できるだけ抜け道がないよう完璧なものにしようとすると、現場からは「そんなこと実行できない」という声が上がったり、「ルールのためのルールを作るな」という声が上がったりします。
政治の話ではないですが、ルールを作る側から見ればある意味抵抗勢力ですね。
一方で、企業はいかに効率よく業務を進めるかが利益に直結します。
ルールのために、業務効率の低下やコストアップを招いては本末転倒と言わざるを得ません。
いかに品質を保持しながら手間をかけずにしっかりと物を作り込むかというのはなかなか難しい課題です。
人によって感覚が異なりますから、安心できるルールや実行可能な内容か否かの判断も異なります。
それで、どのようなルールにするか関係者が集まり何度も何度も会議を開いて喧々諤々とやるのですが、実のところは、決めたルールを実施してみないと問題がないかどうかは分かりません。
それで、何か問題が出た時にはまた会議を開いて喧々諤々の議論をしてルールを改定していきます。
その結果、改版に改版を重ねて 管理目的を達成しながら実行できるルールにブラッシュアップしていくのです。
完璧主義の人は、一度にきちんとしたルールを作り上げようとします。
しかしそれは不可能なことではないかと思います。
そもそも、私たちが想定できることは自分たちが何らかの形で知っている事柄かそこから比較的容易に推察される事柄しかありませんし、誰でも理解できる完璧な文章で物事を定義するということはそもそも不可能なことだと思われます。
想定外のこともたくさん起こりますし、文章も人によって解釈が変わります。特に文章は厳密に定義をしようとすればするほど複雑になり、一体何を言っているのか分からなくなることも往々にしてあります。
そこで、まずは完璧ではないルールを作ってみて実行してみる、そして必要に応じて修正していくというのが現実的な方法なのではないかと思います 。
さて、私たちの日常生活の中でも同じようなことが言えます。
完璧主義の人は失敗すると不完全な自分を感じ、そう感じることがとても怖いので 、失敗しないように一度にうまくやろうとします。
しかし現実にはそううまくはいかないので、失敗がつきまといます。
その結果、やらないほうがいいとなってしまうのですね。
私たち人類は、過去多くの失敗を繰り返してきました。
戦争をしたり、 災害でひどい被害を被ったり、 大きな事故を起こしたりと枚挙にいとまがありません。
しかしそれらの失敗が、戦争を避ける努力であったり、災害の被害を軽減する対策であったり、事故を小さくしたり無くすという 次のステップへと繋がってきたのです。
失敗から多くのことを学びとっているのです。
最初から完璧にしようとせず、失敗を恐れずに何かに取り組んでいくことには勇気が必要かもしれません。
しかし、失敗を恐れずに進むことこそが、成功する明日を作り上げていくのではないでしょうか。