今日は「気がつけばいつも自分が助ける側にいる・・」という人が、「わたしだって助けてもらいたいのに・・」と思った時のお話です。
「気がつけば、いつも面倒をみる側にいる。」
「頼りになると言われて、あてにされてしまう。」
「わたしだって助けて欲しいと思っているのに、周りの人からは「大丈夫だよね」と思われているみたい・・。 」
こんな思いをよくするという方がいます。
周りからの評価は高く、信頼もされ、頼られ・・
頼れる兄貴・姉御。
優しいお母さん。
困った時の○○さん。
知らず知らずのうちに、またもや、そんな役割を担っている。
頼れる人だから、自然と周りに人が集まってくるのだけれど
いざ、という時には、誰も助けてくれない気がする・・。
そんなお悩みをお伺いすることも多いです。
わたしは、みんなを助けているし、甘えさせてあげているけれど・・・。
わたし自身は、誰にも甘えられないし、誰も助けてくれない。
こんな状況が続くのは正直言って「キツイ」です。
人間ですもの。
甘えたい時もあるし、あてにしたい時もあるし、守ってもらいたかったり、助けてもらいたいときだってあります。
それなのに、そんな気持ちに気づいてくれる人がいないと感じると、腹が立つかもしれませんし、悲しくなるかもしれませんし、自分だけが世界から切り離されてしまったような気分になるかもしれません。
このタイプの人は、周りの人から
「なんでもできてしまう人」
「強い人」
「ひとりでも大丈夫そうな人」
のように見られがちですから、周りの人は以下のように感じてしまうようです。
「あの人には、悩みや弱味なんかないよね。」
「きっとあの人はなんでも上手にこなすはずだよね。」
「あの人は強いから。」
そして、その思いの後ろに、「(そんな人)だから、私なんかの助けなんて必要ないですよね。私なんかがあなたのお役に立てるとは思えません。」という思いも生まれているのです。
「冗談じゃないっ!!」と言いたくなりますよね。
「そんなこと、あるわけないじゃない!!」とも言いたいですよね。
「わたしだって、甘えさせてくれるなら甘えたいし、頼っていいなら頼りたい。でも、そんなこと言っていられないからガマンしてきたのに・・・。」
そんな気持ちも湧いてくるかもしれません。
さて、ここで質問です。
「あなたは、いつも、どんなふうにして他人に助けの手をさしのべていますか?」
「あ、この人大変そうだな?」
「もしかして、手伝って欲しいのかな?」
「あの子、ちょっと疲れてるみたいだから、ご飯にでも誘ってあげようかな?」
こんなふうに、周りの状況や、相手の状態を「見て」、「察して」、「気を利かして」いませんか?
そして、そのことについて「そんなのあたりまえじゃない!」「誰だってそうするでしょ?」と思っていたりはしないでしょうか?
その「あたりまえ」。
実は「あたりまえ」ではありません。
察するのが得意な人にとっては、状況を見て察するのはあたりまえなのですが、そうではない人にとっては「そんなことできるかいっっ!!」「言ってくれなきゃ、わからないよ!」という状況だからです。
察するのがあたりまえではないのですから、自分の気持ちは言葉にして伝えなければ伝わらないし、気づいてもらえないのです。
例えば
「わたしはあなたに手伝って欲しい。」
「実はちょっと疲れているんだよ。」
「今日は少し甘えさせて欲しいの。」
というように、です。
とはいえ、がんばりやさんタイプの方が、甘えたい、助けて欲しい、と感じる時は、がんばりすぎていっぱいいっぱいの時なので、「伝える」余裕も、相手に「断ってもいいよ」という猶予を与える余裕もない場合が多いんですね。
「そうそう、そうなの!」と心当たりのある方にオススメなのは、自分に余裕のある状態の時(自分に余裕があって、助けてもらう必要も、頼る必要もない時)に、あえて、お願いしてみたり、誰かからの助けを受けとってみる練習をすることです。
自分に余裕のある状態の時には「自分一人でもできるけど、ここの部分を手伝ってもらえるとありがたいかも?」と段取りを考える余裕や、「お願いして断られても、その時はその時・・」と受け入れやすいものです。
また、お願いを受け入れてもらったり、助けてもらった人に対して、素直に感謝を感じる心の余裕がありますから、「ありがとう」「助かった」といった感謝の言葉を伝えることができます。
感謝を伝えることは、あなたを助けた人があなたを助けてよかったと感じるチャンスを作ること。
そして、それは、「自分はあなたの役に立てる存在である」と感じられるということです。
わたしたちは、誰かの役に立てると感じたときに「自己重要性」を感じ、「自己重要性」を感じさせてくれる人に好意を抱きます。
自分一人でがんばりすぎちゃうあなただからこそ、
あなた一人でいろんなことができちゃうからこそ、
あなたの役に立てることがうれしいと感じる人がいる。
そんな視点を付け加えてみてもいいかもしれませんね。