「ケンカが必要」ってどういうこと!?
こんばんは。
神戸メンタルサービスの平です。
恋愛について、私どものカウンセリングを利用していただく場合、いちばん多いのは、やはり「ケンカ」してしまったときであるようです。
そして、お話をおうかがいしていると、「私が悪いんだ」と自己嫌悪する人、また逆に、「私は悪くない。彼がものすごく悪い」と彼を責める人、またまた、「なんでこうなっちゃったんだろう・・・?」と自分の生まれもった星を責める人など、人それぞれです。
そういうとき、よくみなさんにお伝えするのは、「じつは、ケンカも二人の心の距離を適性に保つために必要なことなんですよ」ということです。
「ケンカが必要?」
きょうは、このことに関して、ちょっとお話させていただきます。
関係の近い人、関係の遠い人という言い方がありますが、私たちはいろいろな人との関係を、「近い」、「遠い」と感じることがあります。講座などでは、よく、実際に人をおいて、10mぐらいむこうにいる人、3mぐらいの人、1mぐらいの人、自分の目の前にいる人では、それぞれどのように心が感じるかを実験したりします。
当然のことながら、目の前にいる人はとてもウザイです。とある海外の地方に、「頬と頬がふれあったら、殴り飛ばすか、セックスするかの、どちらかしかない」というワイルドなことわざがあるそうですが、とても親密な関係というのは、ある意味、ほんとうに危険な関係ともいえるわけです。
実際、私たちがものすごく感情的になってしまう関係とは、家族関係、とくに親子関係や、きわめて親密な他人である恋人関係などです。近い関係であればあるほど、激しいケンカになってしまったりするわけです。人によっては、「あいつ、ぜったい許さない! 殺してやる!!」などという、ものすごい怒りを感じたりすることも近い関係ではよくあります。
では、なぜ、このように私たちの心は感じてしまうのでしょうか?
そのルーツは、思春期に訪れる反抗期に遡ります。
動物の世界では、たとえば、ネコを例にあげると、猫かわいがりと呼ばれるぐらい、親ネコは子ネコを舐めて舐めて、かわいがって育てます。しかし、子ネコが成長し、生後6~7か月ぐらいになり、オシリからオスやメスのフェロモンを出し始めると、親ネコは一転、子ネコを半殺しの目に遭わせ、「ハァーッ」と威嚇し、自分にけっして近づかせません。
子ネコにしてみれば、なぜいま、親に怒られるかわからないのですが、殺されたくないために、親から離れて自立していくのです。これが自然界の自立の掟なのですが、人間の親だけは子どもを嫌いません。そこで、思春期になり、大人の体に変化しはじめると、子どものほうが異様に親を嫌うようになります。
自分のお部屋が必要になりますし、自分のプライバシーを守りたいと感じます。自分を親の目から隠したいと思うようになるのです。それは、自分が大人になっていく部分のすべてを、親から隠そうとするものです。そして、子ども時代はいつも親にくっついていたかったのですが、思春期になると親に背を向け、距離を取り始めるわけです。
このときに、ちゃんと適正な距離がとれていればいいのですが、子どもがせっかく作った距離を親がまた縮めてくると、子ども側はもっと親を嫌いになり、距離をとる必要があります。そして、なんとか距離をとろうとしているのに、親が近づいてくると、子どもとしては、「近づいてくんなよ。てめえ、殺すぞ!」という気分になるわけです。
子育てのルールというと、多くのみなさんは、「子どもをしっかり抱きしめて、愛しましょう」だけだと思っていらっしゃることでしょう。しかし、それは子どもが小さいときにだけ必要なルールで、思春期に入ったら、「子どもを信頼し、適切な距離をとりましょう」ということが必要になるわけです。
男女関係も同じです。たとえば、恋愛初期のロマンスの時期に、「二人はいっつも一緒。離れるなんて、耐えられない!」と、二人の体を接着剤でくっつけちゃったと思ってください。
24時間、二人は一緒です。トイレも一緒だし、あなたが早起きしたとしても、彼がまだ眠いなら、あなたはむりやり寝ていなければなりません。当然、だんだんウザくなり、くっついている度合いだけ、「離れてよ!」と距離をとりたくなるのがわかるでしょうか?
心理学では、このように近づきすぎている関係を「癒着」と呼びます。
私たちの心は、いつも、近づいたり、離れたり、近づいたり、離れたりを繰り返しているのですが、ケンカするときというのは、どうやら、二人の関係が近づきすぎているようです。少し距離をとることが求められているのですね。
カウンセリングでは、よく「彼に一人になれる時間をあげていますか?」と質問することがあります。どうやら、心とは、より近づくために、少し離れている時間も必要としているようです。
では、次回の恋愛心理学もお楽しみに!!