「泣きたいのは、こっちよ!! 私を、なんで追い詰めるの!!」
私が1人目のこどもが赤ちゃんだったときのことです。授乳したり、オムツを調べたり、抱っこしたり、夜通し一生懸命やってもどうやっても泣き止ませることができなかったことがありました。
「我が子を、愛している。この子は命がけで生まれてきてくれたから。最高の人生を生きて欲しい」
そう願っているのに。真夜中に泣き止まない娘に向けた私の顔は、鬼のようだったと思います。それはそれは、さぞや娘は怖くて泣き止めなかったのだろうなと、今なら思います。
■私は上手に育児ができない
「私は上手に育児ができない。真夜中の寝静まっている中、私だけが、子育てを上手にできていない」
自分を責めて、もう本気で投げ出したくなりました。なぜなら、辛かったからです。寝不足が続く毎日。そして、昼間も大人と一言二言くらいの会話で終わっていく日々が続くのに、耐えられなくなっていっていました。
・誰にも助けてもらえない
そんな私がここまで追い詰められているのには、実は理由がありました。私の両親は、ともに再婚をしています。母からは、私の出産時、里帰りを断られました。
「何度母から見捨てられるのだろう」
と、思った私。実際は、たくさんの人に助けてもらっていたのですが、
「誰にも助けてもらえない」
と思うことも多かったのです。真実ではないものを、私は見ていました。
■助けてほしいが言えない
「私、この子をもう、泣かせたくない。でも、もう耐えられない。同じ部屋にいたら、虐待してしまうかもしれない」
とさえ、思いました。それはきっと、私が
「助けてほしい」
が、言えなかったからなのだと思います。
・復讐と、自傷行為
助けてほしいを言わないという、最大の自傷行為をしていたのだと思います。その矛先が、今度は娘に向かいそうになっていました。
「母でさえ、助けてくれないんだから、SOSを発信しても、助けてくれる人がいなくて当然。そんな私はこれだけ傷ついて、不幸なんだ。娘も巻き添えにしている。そんな私にしたのは、お母さんのせいなんだからね」
と、私は母に復讐していたのだろうなと、今なら思います。
■伝えたいことがある
娘は、そんな私を追い詰めたくて、泣いていたのでしょうか。違います。なにか訴えたいことがあって、泣いていたのだと思います。なにかを伝えたい。でも、まだ言葉を獲得できていなくて、それでも自分を表現しないとどうにもならなくて。娘は
「泣いて」
いました。一生懸命、真っ赤な顔をして、「あきらめないで」泣き続けて、表現し続けました。
私はとうとう限界を迎え、気付いたら母に真夜中に電話していました。母は、真夜中に絶対に電話に出るはずのない人です。でも、その真夜中に奇跡が起こりました。
・奇跡は、起きる
「どうした?ちさ」
眠っていたはずの母の声。この真夜中に母が、私につながってくれた。私は涙が決壊しました。母の声だけで、私は助けられている。「お母さん」という存在に、私はどれだけ助けられてきたんだろう。そしてお母さんに、今私はどれだけ助けてもらいたかったんだろう。
「もう限界」
と、私が母に言えたとき、娘は「ママとばあばをつなぐ」というお役目を終えたかのようにぐっすりと眠っていました。
■母のたった一言は、こどもを救う
私は、「母に」どうしても助けてもらいたかったのです。本当に欲しかった「母に助けてもらった実感」が、その真夜中にありました。娘からのプレゼントだと、思っています。それは、母親というものが、たった一言
「どうした?」
と、本気で言ってくれることにどれだけ力があるかということです。母親には、こどもの地獄の苦しみから救い、解放し、癒し、前向きにしてくれるだけの力があるということを、教えてくれたのでした。
・母なるもののもつ、大きな力
私はきっと、
「母なるものに、そんな力はない。そして、私にも、そんな力はない」
とばかりに、諦めて絶望していたのです。でも、真実はそんなことはありませんでした。どんなにいい年齢になっても、ふと「母」を私は求めているのです。ましてや幼い娘は、どれほどでしょう。それぐらい、「母」というものは、いくつになっても大きい存在だということを、私は受け取りました。
・本当に欲しいものを、受け取れることで
私が本当にほしいもの、「母に助けてと言えること」と「母に助けてもらうこと」を、受け取ったのち、私は、夫も、義理の両親も、友達も、近所の方にも、たくさん助けてもらっていることに、気づきました。たくさんの人に助けてもらっているのに
「誰にも助けてもらえない」
と、絶望していたくらい、私は「母に」助けてもらいたかったのです。
■助けてと言えないことは、依存。依存先が一つしかないことが問題
みなさんのお子さん、「助けて」を、言えていますか?
そして、みなさんは、「助けて」を、言えていますか?
私は弊社代表の平が
「助けてと言えないことは依存である。そして、依存対象が一つしかないときに問題となる」
と、言ったことが、今でも胸に残っています。本当にそれはそうだなと、思うからです。
・子育てのゴールが自立だとしたら
「助けて」とこどもたちが言える子育てをしたいなと、思っています。しかもその言える先が複数持てるような心を育めるような「真実の自立」をサポートしていきたいと、私は思っています。でも、あの真夜中に泣き止まなかった当の娘は、思春期になり、あまり「助けて」を、言うのが好きではないようです。みなさんのご家族では、どうですか?
もし、「こどもが『助けて』を言える先を複数持てるような大人に育つよう、サポートしたい」と、思うとしたら。実は、まずは、大人からだったりします。
つまりは私から
「助けて」
と、気軽に言えるようになる必要があるのだろうなと、思うのです。問題を抱えているのに、なにもないフリをして、一人でこそこそ隠れて処理しないということです。私も、ただいま、挑戦中なので、
「私もそうかも!乗り越えたい」
と、思ってくださる方がいらっしゃいましたら、一緒に進みたいなと、思っている所存です。
■恩返し
あの日、母と娘に、助けてもらったから。こどもにとって、母という存在がどれだけ大きいのか。母のたった一言に、どれだけ助けてもらえるのか。娘から、教えてもらったから。私が、娘に恩返しをする番なのだと、思います。
みなさんも、一人で抱え込みすぎていませんか?
「助けて」
と、今こそ、言ってもいい時、なのかもしれません。
みなさまの何かのお役に立てることがあれば嬉しいです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
来週は、小川のりこカウンセラーです。
どうぞお楽しみに。