自分を横に置いて相手の都合を優先してしまう心理

相手の都合に合わせ過ぎてしまう心の仕組みを解き明かします

なぜか周りの要求ばかり受け入れてしまっている自分に気づくことがあります。自分の都合を横へ置いて相手の都合を優先しているのが苦痛になり、不満が積もっていって、相手との関係を終わらせたくなることも。今回は自己効力感と罪悪感の観点から、自分よりも相手を優先してしまう心理を解説いたします。

■「何かをしなければ認められない」思い込みが隠れている

なぜか周りのペースに合わせてしまうことが多くてしんどい。自分の都合を横に置いて相手の都合ばかり優先してきた気がする。カウンセリングの現場ではこうしたお悩みを抱えた人と出会うことは少なくありません。

例えば、恋愛では毎回パートナーのいいなりになってしまい大切にされていると思えない。あるいは、会社ではいつも仕事を押し付けられてしまい自分の本来の業務が後回しになってしまう…

最初のうちは頑張れていても、周りの要求を受け入れることが苦痛になり不満が積み重なっていくうち、パートナーとのデートが終わった途端に解放されたように感じたり、業務をこなしきれず定期的に会社を辞めたくなる…というお話もよく伺います。

じつは、この種のお悩みを抱えている人にはある共通の心理があるのです。

それは「何かをしなければ認められない(愛されない)」というもの。

この心理、裏を返せば「私は誰かの迷惑になってしまう」とも言えます。

もし、こうした前提をあなたが持っているとしたら、「周りから認められるためには、役に立てる私でないといけない」という不安を常に抱えるかもしれません。

人と関わる場面ではこの不安に心が突き動かされて、「何かをしなければ」と常に周りからの要求を受け入れていくしかなくなっても不思議ではないのです。

■自信のなさと自己効力感の低さ

こうした問題では『自己効力感』、『罪悪感』がテーマになります。

自己効力感とは、自分自身の能力を信じ、自分の行動が結果に影響を与えるという信念のことです。

自己効力感が高ければ、自分の能力や才能に自信が持てて、自分の行動が周りに良い影響を与えられるはずだと信じられます。

逆に低いと、自分に自信が持てず、自分の行動が周りに対して何の影響も与えられない。むしろ悪い影響を与えてしまうと感じられてしまうのです。

また、「私は誰かの迷惑になってしまう」という心理は、「自分は誰かに害を与える存在」だという自己概念につながりやすいため『罪悪感』も強く抱えることになります。

すると自分の意見を主張したり、お願いをしたり助けを求めるなどの自己表現が難しくなるのです。なぜなら、罪悪感が強いほど自分に自由を許せなくなると同時に、何かを自己表現したら周りから責められてしまうのではないか?という恐れも強く抱えてしまうからです。

自分の素直な気持ちを我慢する分、常に周りの気持ちを考えるようになるので、結果的に「周りの要求を受け入れるばかりの人」になっていくわけです。

自分が何が欲しいか?よりも、何を選んで行動すれば周りが認めてくれるのか?と周りの顔色ばかり伺うため、自分の意思を持つことが難しくなります。そしてますます自分の気持ちを抑えて我慢するのです。

その反面、他人の気持ちや欲求を察するのは得意なので、周りの期待に応えることは上手になるんですね。

一方、自己表現が苦手な分、遠慮がちになったり意思を強く持てないことから、なかなか自分に自信が持てません。

この『無価値感』によって、自分の存在が良いものに思えなくなったり、自分には何もできないのではないか?という不安を常に感じるようになります。先ほどの『自己効力感』が低くなる理由がこれなんです。

そんな「何もできない自分」の埋め合わせとして、周りの要求を受け入れ続けるという犠牲的な行動パターンが作られていくのです

■もっと自由になるために必要な自分への「許し」

この苦しい状況を変えていくために押さえたいポイントは、「いったいあなたは誰の迷惑になってしまったと思っているのか?」ということ。

慢性的な問題は繰り返し人生に起こるものだけに、過去の人間関係、特に家族との関わりで体験した心の痛みがルーツになっていることも多いのです。

「あなたが頑張ったけど助けられなった。守れなかった」=「役に立てなかった。迷惑をかけてしまった。」と罪悪感を感じているのは誰か?

例えば、両親が不仲でケンカが絶えなかった。あるいは家族の誰かが借金、病気、アルコールなどの問題を抱えていたとしたら。

この人たちを救いたかった。みんなを笑顔にしたかった。でも、あなたが両親を家族を助けたいと思いながら頑張ったにもかかわらず、願いが叶わなかったと感じたときに、大きな挫折と大切な人を守れなかった罪悪感を抱えたのかもしれません。

しかし、あなたは本当に罪悪感にふさわしい人なのでしょうか?

自分以上に家族を大切にしたかった、みんなを笑顔にしたかった。そんな願いを胸に携えてきたあなたは罰を与えられるべき存在でしょうか?

あなたが誰よりも家族を愛そうとしてきた「愛の人」だったことを思い出すところから、楽になる道が見えてくることがあります。

与えてきた愛の大きさと価値を認めて受けとる。自分への「許し」を受け入れる心の取り組みが、現実の問題の解決につながるんです。

周りも、自分も、全員が笑顔になれる新しい愛し方を選んでもいい。

今までのやり方と違っていいし、愛し方はいくつあってもいい。

そんな自由さを自分に許すこと。それもまた問題を越えていくための大切なヒントになりそうです。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

超自立男性との恋愛・コミュニケーションに関わるお悩み・慢性的な生きづらさの解消などを得意とする。 理論的な“心理分析”と、感覚を使った“心理セラピー”を活用する多面的なサポートが好評。 問題の裏に隠れた「真実の物語」を読み解き「自分の本質を生きる」ことを目指すカウンセリングを提供している。